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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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2-3 Envy ⑤



 職員室で担任の上川に遅刻の連絡を行い、アンズは自分のクラスへ向かった。去り際に上川から、「文化祭に参加できて良かった」と声を掛けられ、アンズはそれに笑顔を見せた。


 正直に言うと、体の調子は今一つだ。それでも皆と文化祭に参加したい一心で、アンズは学校へやってきていた。


 昨夜、アンズは中林から、新たな核を受取った。ハンターを狩るためである。


 しかし核を取り込んだ直後から体に異変が起り、アンズは立っていられない程の眩暈と吐き気とに苦しんだ。中林に言わせれば、それは強さを手に入れるための試練であるという。


 幾時間も苦しみ続けてアンズがようやく立ち上がることが出来た時には、既に朝日は昇り切った後だった。中林はいつの間にか消えていて、アンズの体には言い表しようのない違和感だけが残っていた。


 教室の扉を開けると、数人の女子がアンズの元へ駆け寄ってきた。皆が口々に体調を心配し、登校できたことを喜んでいる。その表情に嘘がないことが分かると、アンズは心の底から安堵した。居場所があると分かったからだ。


「西園寺さんは、この後、私たちと一緒に屋台係だよ。大丈夫そう?」

「うん。もう大丈夫。ありがとう。お客さんは、結構来てるの?」

「凄いよ! 売上、いくらだっけ?」


 離れたところで休憩していた男子に声を掛けると、彼らはタオルで顔を拭ったりお茶を飲んだりしながら、大体の金額を口にした。


 金額を耳にして、教室で休憩していたクラスメイト達が興奮した様子で声を上げる。


「結構本格的とかで、行列出来てるの」

「いやいや、俺らが客を呼んでるんだって」


 隅で寝転んでいた男子が、右腕を掲げている。


 腕相撲で勝ち抜いた人数に応じて割引をするシステムが、意外と好評らしいのだ。


「すごいねえ。うちのクラス、運動部の男の子が多いもんね」


 実際の様子は見ていないが、それでも皆が楽しんでいる様子が伝わってきたので、アンズも嬉しくなった。


「あ、旦那じゃん」


 男子の声の方へ、皆が目を向ける。アンズもそれにならって振り返ると、彼女の後ろにはヒカルが立っていた。


「東條くん!」


 ヒカルは、ティーシャツの上からエプロンを身に着けて、首にはタオルを巻いていた。


「西園寺さん。来られて良かった。体調、大丈夫?」

「うん! ありがとう。あの、この後、店番もするよ」

「そっか。無理しないでね」

「うん」


 ヒカルはアンズの脇を抜けて、教室の中へ入っていく。そして男子の集団へ混ざると、皆でふざけ合いながらお茶を飲み始めた。


 ヒカルが鉄板の管理をし始めてから焼き加減が安定しているという話しがチラリと耳に入り、アンズはそれを嬉しく思った。ヒカルは、クラスメイトから頼られる存在らしい。


 そういえばと、アンズは傍にいた女子に、ヒカルが突然あだ名で呼ばれている理由を尋ねた。それを聞いて、一緒にいた女子たちが顔を見合わせてきゃあきゃあと騒ぎ出す。


 その騒ぎは、直ぐに教室中に伝わった。


「見せてあげよっか?」


 クラスでも派手な、自分とは対照的な女子が、顔をにやつかせながらアンズに近づいてきた。


 アンズは何か嫌な予感を覚えたが、断ることは出来ないようにも思えた。


 離れたところで、ヒカルが女子を制止する言葉を投げている。後姿でも、アンズにはヒカルが恥ずかしがっているのが分かった。


 スマートフォンで再生されたその動画は、たった三十秒ほど。遠くから撮られたそれはヒカルの表情を映していなかったが、彼の言葉はしっかりと捉えていた。


 動画と同じタイミングで、盛り上がるクラスメイト。


 アンズの思考は、周囲の騒ぎにも動じず不思議とクリアだった。

 ヒカルは、幼馴染の女子を後夜祭に誘ったのだ。 


 誰かが、朝の騒動を嗾けた山田を賞賛する。続いて、それは長山にも送られた。


「あいつさあ、結構面白いよね」

「真顔でね。あんな冗談言うんだなって、驚いちゃった」


 女子の話題になっている二人は、残念ながら教室の中にはいないようだった。彼らは朝からずっと、鉄板の傍で大はしゃぎしているのだという。


 ヒカルは、もう抵抗も否定もしていなかった。顔を赤くしているが、皆が何を言っても、もう聞き流している。反応すれば、余計に揶揄われることを理解したのだろう。


 アンズの目は、ヒカルの背中を捉えていた。ティーシャツ姿になると、普段のワイシャツよりも腕や背中の形が良く分かるようだ。エプロンは、どことなくしっくりと馴染んでいる。


「おい! やべえよ!」


 飛び込んできた山田の大声で、クラス中の視線が教室のドアに集まった。


 山田の後ろには、クラス委員の長山の姿もある。余程急いでやってきたのか、長山は息が切れて苦しそうだ。


「なんだよ、鉄板?」


 寝転んでいた男子が、山田に声を掛けた。予行では不具合がなかったのだが、当日になってから鉄板の火加減が旨く行っていないのだ。


「違うって! ヒカル」

「東條君の義兄を名乗る人が、下に来てるんだ」


 ヒカルの表情はアンズの位置から見えなかったが、彼は驚いてお茶を溢したようだった。


「柔道部の藤沢がやられたんだよ!」

「柔道部の藤沢が!?」


 寝転んでいた男子が、跳び起きる。

 クラスにもざわめきが起こったが、アンズにはなんのことかサッパリだ。


「もう九人抜いてるんだよ! やべえよ、このままじゃ店が!」


 それは大変だと、クラス中がバタバタと慌ただしく動き出す。 


 山田と長山の後を追って、皆が中庭に向かって駆け出した。


「西園寺さん、行こう!」


 女子に手を引かれて、アンズも仕方なく皆と駆け出す。走りながら、アンズは必死にヒカルの姿を探した。


 ヒカルは山田に引っ張られて、その姿はもう遠くにあった。


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