表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/408

2-3 Envy ①

三、Envy


二〇×一年 十一月 二十日 土曜日


「あの、さ」

「あのね」


 言葉が被って口を噤み、互いに譲り合って何も言い出せなくなる。ヒカルとリリカは、そんなやり取りを昨日からもう何度も繰り返していた。


 バスに揺られている間、窓越しに視線が合う度に、二人は会話しようと試みる。しかし互いに、相手にも何か伝えたいことがあるのだと分かっているために、妙に心が急いてしまう。


 結局、会話が成立しないまま、二人は学校の最寄りでバスを降りた。


 心なしか、互いに歩みが遅い。それでも校門までの距離はあっという間で、二人の目には派手に装飾を施された文化祭の看板が目に入った。


「ヒカル」


 名前を呼ばれて、ヒカルはドキリとした。リリカの声には、いつもとは違う緊張感がある。


「あのね、今日……文化祭が、終わった後なんだけど……」


 リリカの声は段々と小さくなっていったので、最後の方は周りの音にかき消されてヒカルの耳に届いていなかった。そしてリリカも、実際には最後まで言葉を口に出すことが出来ていなかった。


 再び黙ってしまったリリカに、ヒカルは心配そうな視線を向ける。


 昨日から、リリカがおかしい。昨日は突然クラスの出し物の衣装でヒカルの所へやってきたが、その割には大した用事もなく帰っていった。


 かと思えば、夕飯時には自分から手伝いを申し出てキッチンに入ってきたり、その後も片付けだなんだとヒカルの周りをウロウロとしていた。


 その理由を考える傍ら、ヒカル自身もリリカに伝えたいことがあって、しかしタイミングが全く合わずにここまできてしまった。


 靴箱が近づくにつれて、ヒカルも段々と緊張を覚える。しかし、此処を逃すともう他にタイミングはないように思えた。今年の文化祭は、今日しかないのだ。


「ちょっと、いい?」


 ヒカルは、リリカの手を軽く引いた。

 振り向いたリリカは、顔が赤くなっていた。


 周りの視線を感じたので、ヒカルはリリカの手を引いたまま、昇降口の端の方へ引っ張っていった。


「あのさ、今日のことなんだけど」

「え……? うん!」


 言葉を待つリリカの顔は何かを期待しているように見えたので、ヒカルは伝えることを少し心苦しく思った。


「あのさ、多分、キモイとか思うかもしれないんだけど」

「別に、そんなこと。思わないけど?」


 本当かとヒカルが尋ねると、リリカは笑顔で大きく頷いてみせた。表情はキラキラしていて、リリカの機嫌は随分良いように見えた。


 それならばと、ヒカルは安心して言葉を口にする。


「よかった。じゃあさ、今日の衣装、変えない?」

「……は?」

「昨日からずっと気になってたんだよ。だって、短すぎるよ、あれ。リリカのクラス、他の子はもっと長いの着てたじゃんか。そっちにしたら?」

「……それだけ?」

「え? うん」


 リリカの表情がみるみる変わっていくのを見て、ヒカルは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。


 先ほどまでは上機嫌だったはずなのに、リリカはすっかり不機嫌な表情を浮かべている。


「スカートなんか、どうでもいいでしょ! そういうのキモイ!」

「えぇ……」


 だから先に聞いたのにと、ヒカルは心の中で溢す。

 リリカはサッと身を翻し、靴箱に向かって駆けていく。

 ヒカルも、渋々その後を追った。


 リリカの背中は、話しかけるなといっているようだ。クラスまでの短い道のりを、ヒカルは居た堪れない気持ちでリリカの背を追った。


 リリカが自分のクラスに入ったのを見送って、ヒカルも自分のクラスへ行く。中に入るなり、おはようと声を掛けてきた山田の元気な声が、今日という日は救いに感じられた。


「ヒカル、ちゃんと誘ってきたか?」


 ヒカルが何のことかと尋ねると、山田は後夜祭だと答えた。


「後夜祭? あれ、僕って、何か係になってる?」


 一昨日から色々な事で頭が一杯になっていたために、ヒカルは自分が何か失念しているのではと誤解した。 


 山田とその周囲にいたクラスメイト達は、そんなヒカルの表情を見て、彼が後夜祭の事を知らないのではないかと考えた。


「え、お前、マジ?」

「ごめん。なんだっけ、それ」

「……後夜祭って、二人一組じゃないと参加出来ないんだぜ? 今年は家が近い同士でって、言われてたろ? ばっか! リリカちゃん可哀そうじゃん!」


 そうだよなと、山田が傍にいたクラス委員の長山に同意を求めた。

 長山は真顔で山田の言葉を肯定し、大事なことを忘れているとヒカルを窘めた。


 冷静に考えればおかしな話しなのだが、ヒカルは疲れていて、機嫌を悪くしたリリカの事が気にかかっていた。山田に急かされるままふらりと教室を出ると、ヒカルは重い足取りでリリカのクラスへ向かう。


 その後ろからは面白がったクラスメイトがついてきていたが、既にヒカルの思考は遠くにあって、気にも留めていない。


 リリカのクラスは、文化祭のためにドアが取り外されていた。その枠に手を掛けて、ヒカルは入り口からリリカの名前を呼んだ。


 リリカの名前を呼んだはずなのだが、何故かクラス全員の視線が自分に集まったので、ヒカルは少し不思議に思った。


「……なに?」


 リリカは教室の奥にいて、女子で固まって何か作業をしている。皆はまだ制服姿で、着替えなどはこれからのようだ。


 ヒカルは、リリカの声のトーンが先程とは少し変わったことに気付いた。しかし傍へ寄ってこない所を見ると、まだ怒ってはいるのだろう。


 本当は二人になって先ほどの事を謝りたかったが、自分のクラスの出し物の準備も気になったので、ヒカルは仕方なく用件だけ伝えることにした。


「終わったら迎えにくるから、待っててよ」


 不意にリリカが酷く驚いた顔をしたので、ヒカルは言葉の意味が伝わっているか心配になった。


「だって、行くだろ? 後夜祭」


 クラス中が、割れんばかりの音に包まれた。


 ヒカルは何が起きたか分からず、リリカの返答を待っている。


 ヒカルの首には山田が笑顔で腕を回し、いつの間にか後ろに居たクラスメイト達は大笑いしている。それと対照的にリリカのクラスメイトは顔を赤らめて、純粋に喜んでいるような、不思議と幸せそうな顔をしていた。


 皆の反応がおかしいので、ヒカルはさすがに自分がなにか間違えたのではと不安になる。


 しかしリリカの機嫌が直ったように見えたので、ヒカルはそれで満足してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ