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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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1-2 ハート ③



「では、この問題を――」


 数学教師の北上と目が合って、ヒカルはドキリとした。予習済みで解けない問題ではないが、黒板の前へ行き、皆の前で解くという行為が嫌なのだ。ヒカルは、人に注目されることが得意ではない。


「東條――の後ろの山田」


 クラスで小さな笑いが起きて、ヒカルの後ろに座っていた坊主頭の少年がノートを片手に前へ出ていく。山田は自信満々な様子で黒板にチョークを滑らせているが、途中式を分かりやすく間違えている。


 数学だけでいえば、ヒカルの成績は上から数えたほうが早く、山田はその逆であった。


 書き終えたところで北上から指摘が入り、山田は頭を捻りながら式を書き直している。


 たったそれだけでクラスの雰囲気が柔らかく変化したのは、山田少年の人柄故だろう。野球部所属の山田少年は、素直で明るいお手本のようなスポーツマンだ。男女問わず友人も多い。ヒカルも、その一人である。


 山田が黒板の式を書き直している最中、ヒカルの意識は、不意に隣の窓の外に向けられた。


 隣のC組の女子が、校庭で体育の授業を行っている。その中に一際目立つ金髪を見つけて、ヒカルは思わずその背を追った。リリカだ。


 高跳びの練習を行っている集団の中に、リリカはいた。体育教師の南城が身振り手振りで何か説明しているのを、リリカは熱心に聞いている。


「授業中」


 丸められた教科書でコツンと頭を小突かれて、ヒカルは我に返った。いつの間にか北上が隣に立ち、黒板の前に立つ山田少年をはじめ、クラスメイトが自分に視線を送っている。


「彼女じゃなく、授業に集中してくれ」

「彼女じゃないです!」


 慌てて否定する自分の顔が、思わず赤くなるのをヒカルは感じた。


 高校に入学してからというもの、リリカとの関係を冷やかされることは多くあった。内部進学生の多いこの学校で、高校から入学してきたヒカルとリリカは、少し視線を集める存在だったということもある。


 しかしだからといって慣れた訳でもなく、ヒカルは今だに気恥しさを覚えてしまう。

 事実、リリカとは単なる幼馴染の関係だ。だが、彼氏彼女という関係を否定する度に、ヒカルの心にしこりが残るのも事実だった。その理由を、ヒカルはまだ理解できていない。


 山田が解き終えたことを伝える声で、皆の意識は再び黒板へ向かった。


 北上が黒板の前に戻り、山田少年を褒めながら解説を始める。


 その様子をどこか遠くのことのように感じながら、ヒカルの意識は自己の内側へと潜り始めていた。脳裏に浮かぶ、アオイ、リリカの姿。その大切な家族と幼馴染に打ち明けることが出来ない、ハンターとしての自分の姿。


 息苦しさを覚えて、ヒカルはそっと制服のネクタイを緩めた。

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