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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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2-2 ステップアウト ③



 泉リリカは友人たちと教室で、室内を飾り付けるための装飾をリボンで作っていた。


「――で、どうなの?」


 不意に、投げかけられた質問。


 前に座る友人の視線に耐えかねて、リリカはそっと二人から目を反らした。しかしリリカが答えを保留するためにしたそれは、友人たちの目には答えを示したように映った。


「ほら、やっぱり。好きなんじゃない。認めなさいよ」


 栗色の緩くパーマのかかった髪を高い位置で一つに結び、健康的に日焼けした少女が、白い歯を見せて勝気な笑顔を見せる。校則よりも十センチは短いスカートにゆるっとしたカーディガンを羽織ったその少女は、美津濃ヒマワリといった。


「もう。ヒマちゃん。こういうのは、まず自覚を促すべきでしょ~?」


 隣でヒマワリを窘めたのは、及川マリイ。濃い目に淹れたミルクティーのような色をした髪をハーフアップにして、結びのあたりを起用に編み込んでいる。ヒマワリのように着崩してはいないが、マリイも指定外のリボンを胸につけているという点では校則違反だ。


 三人は入学式で顔を合わせて仲良くなり、そこからはいつも一緒に行動している。


 リリカは外部入学生だが、ヒマワリとマリイは付属中学からの内部進学生だ。二人は以前も同じクラスになったことがあったが、中学の頃は余り話をしなかったらしい。


「それで、リリカはどうするの?」


「どうって、なにが?」


「だって、ダーリンの浮気疑惑は晴れたじゃない?」


「だから、ヒカルとは付き合ってないってば!」


 リリカは思わず声のボリュームが上がり、クラスメイトの視線を集めてしまう。しかし皆の視線は温かで、彼女をとても好意的に見ている。


「そうよ、ヒマちゃん。だってまだ~、リリちゃんは告白もしてないんだから。ダーリンなんて、まだ早いの~」


「え! そこ?」


「もちろん。呼び方は大事でしょ~? お友達を、ダーリンって呼ばないのと一緒~」


「一緒じゃないでしょ……」


 ヒマワリとマリイの会話で、三人の傍で看板を制作していた男子が声を出して笑った。


 リリカと隣のクラスの東條ヒカルとは、入学直後から周囲にはカップルとして認識されている。それを認めていないのは、当人達だけなのだ。


「でも、リリちゃん。本当に、どうするの~?」


「どうって?」


「だって、ヒカル君がなんとも思ってなくても~、その西園寺さんって子がヒカル君をどう思ってるかは分からないよ~?」


 マリイの言葉が、リリカの胸にチクリと刺さる。


「もし、もしだよ~? 怪我しそうになったところを、力強くギュウってされたら……! 私だったら、好きになっちゃうかも~!」


「あんた、惚れっぽいもんねえ」


 心底呆れた様子で、ヒマワリは興奮するマリイを宥めている。


「マリィは、好みのタイプもコロコロ変わるもんね」


 リリカが笑うと、マリイは当たり前だと豪語した。


 マリイは、所謂恋愛脳の持ち主で、好きになった相手がそのまま好みのタイプになる女子だった。人を好きになる切っ掛けはいつも些細なことで、それがどんなことでも運命的に感じてしまう。


 そんなマリイにしてみれば、お互いに好意を抱いていることが明らかでありながら、そこに踏み込めずにいるリリカとヒカルとの関係は、まるで少女漫画のようにじれったくて愛おしいと感じるのだった。 

 

「ねえ、リリカ。マリィじゃないけど、あたしもそう思うよ? 東條君は優しそうだし、意外と運動とか出来そうだし。……後夜祭は、誘うんでしょ?」


 後夜祭と聞いて、マリイの目が輝いた。


 リリカは高校からの入学生ではあったが、それでも白鷹高校の後夜祭のジンクスは耳にしたことがある。文化祭の準備が始まったころから、皆が密かに噂しているからだ。


 後夜祭のフォークダンスを一緒に踊ったカップルは、永遠に結ばれる――それはどこの学校にも在りがちな、甘酸っぱい作り話だ。


 そのジンクスは白鷹学園の生徒なら誰も知っているものなので、後夜祭に誘うということは、告白と同じことである。


 リリカも後夜祭の事を知ってはいるのだが、彼女にはヒカルを誘うという考えはなかった。そもそも当たり前に、いつもと同じように、ヒカルと一緒にいることを想像していたのだ。


「ほんと、他の子に先を越されても知らないからね? 言っとくけど、あたし達、後夜祭は彼氏と出るから。東條君を誘わなかったら、リリカ一人だかんね?」


「そうだよ、リリちゃん。恋は、戦いだから~! 何処に伏兵が居るか、全然分からないんだからね~!」


「伏兵って……」


 呆れて笑うヒマワリにつられて、リリカも笑う。


 マリイの言葉は大げさだが、ヒマワリの言うことには一理ある――リリカは、そう考えた。皆が楽しんでいる間、遠くで一人寂しく見守る事態は避けたい。そうなると、やはりヒカルに声を掛けるのが良いだろう。


 ただ、問題は、どうやって誘うかなのだが。


「あ、じゃあ、あれ着ていったら~?」


 リリカの悩みを見抜いたように、マリイが声をあげた。彼女は、教室の隅に寄せられた机を指さしている。そこには、当日クラスの皆が着用予定の衣装が積まれていた。


「良いかもね! どうせ、サイズ合わせもあるし。そうだ、折角だから、思いっきり可愛く仕上げて威嚇してきたら? その、西園寺さんって子」


「やだあ、見た~い! それ、やろうよ~」


 ヒマワリとマリイはリリカの腕を掴んで立たせると、衣装の積まれた傍へ掛けていく。


 傍で聞いていた女子のグループが、メイク道具や髪を巻くコテを貸そうかと三人に笑いかける。メイクポーチを覗いて、なにか使えそうなものがないか探す者もあった。


 男子のグループは、数人の面白がっている者と、なんとも言えない表情で見守っている者たちとに別れていた。前者は既に彼女が居る者で、後者は恋に縁遠い者か、密かにリリカに恋心を抱いていた者だ。


 殆ど準備も終わりかけているということ、対象がなにかと話題に上るカップルということもあって、クラスメイトはリリカの変身を面白がっている。 


 そんな中、リリカだけは、友人の手で作られていく鏡の中の自分に少しだけ不安な眼差しを向けるのだった。

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