5-6 Birthday ⑬
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同時刻。高咲。
いつの間にか川からは水が消え、剥き出しの川底の岩の上にヒカルとリリカは立っていた。ヒカルは背中越しにリリカが放つ猛烈な熱を感じていたが、彼の目は前方のハンター二人に向けられている。
橋の上から彼らを見下ろすキツネとインドラは、普段と違う姿であっても、ヒカルをヘカトンケイルと認めていた。それはヒカルの持つ特徴的な赤い髪の為でもあったが、決定的となったのはその驚異的な身体能力だ。
突如として現れ、キツネの放った矢の前に躍り出たヘカトンケイル。彼のその行動は、キツネとインドラに混乱を齎している。
「理由を聞こう」
インドラの低い声は、騒々しい中でもハッキリとヒカルの耳に届いた。その声には、疑問よりも怒りのような感情が滲んでいた。
ヒカルよりも間近でその怒気を感じ取って、キツネは嫌な汗を掻いている。彼女はヘカトンケイルが東條ヒカルであることに気付いていて、更に、彼の庇ったアナザーの正体にも予想がついているからだ。
キツネは誰にも覚らせずに、大弓を刀に持ち替えた。彼女の能力で作られていた弓は、氷が熱で溶けていくように空気に混ざって消えていく。
目元を覆っていても、ヒカルはキツネやインドラの姿が分かるように思った。炎に包まれた街の中でも、彼らは一際大きな熱を放っている。それは、彼らの体内に存在する核によるものなのだろう。
インドラに理由を問われても、ヒカルは答えを返すことをしなかった。彼は、理由も言い訳も考えようとすらしていない。伝える必要性も感じていない。リリカに核が埋め込まれた時から、ヒカルにとって彼らは倒すべき者なのだ。
「……そうか」
ヘカトンケイルの覚悟を感じ取って、インドラは拳を握り締めた。彼はこの時、自分よりも一回りは幼い少年を狩らねばならないのだと覚悟を決めていた。
覚悟――。この場にいる全員が、それを思った。
「残念だ」
インドラが言うと同時に、空が光る。
インドラが放った雷に合わせて、全員が動く。
リリカの直上から雷が落ちるのに合わせて、ヒカルは彼女を抱えて跳躍した。反撃を試みたリリカは光の線をインドラに向かって放ち、それは橋を真ん中から溶かしていく。
リリカの攻撃を回避したインドラは、ヒカルと彼女を追跡しようとしたところで氷の刃に阻まれた。空気中から現れた、幾本もの刃。それらは少しずつタイミングを変えて、インドラの喉元や手足を狙い続けた。
全ての刃を叩き落とした後。既に近くにはヘカトンケイルの気配がないことを悟って、インドラは顔を傾けた。中央部分が溶け落ちて分かれた、橋の向こう側。そこに立つキツネは、彼に刃を向けている。
「一体、どういうつもりだ。キツネ」
インドラの体は、まだ逃げたヒカルたちの方を向いていた。
キツネはインドラを足止めすることに集中していた為に、ヒカルたちが何処まで逃げたか確認できていない。
「……来い」
キツネの言葉に反応して、インドラの周囲をアンズと彼女の水獣達が取り囲む。アンズは意識を取り戻したばかりだったが、彼女は既に状況を理解していた。
キラキラと空気が輝くのを見て、インドラは反射的に跳ぶ。彼の目にアンズの姿は見えていない。だがインドラは、キツネが目の前で分裂したような異様な気配を感じ取っていた。
アンズは彼を追いかけて、空気の中を泳いでいく。彼女は空気に溶けて気配を分散させながら、インドラの四肢に巻きついた。
体の異変に気付いた直後、インドラの手足には氷の釘が幾本も撃ち込まれていく。彼は空中で体勢を大きく崩し、そのまま地面に落下した。
インドラから体を離すと、アンズはキツネの傍に舞い戻る。
(かわいそうね、インドラ。まるで虫みたいに地べたに転がって。ああ、でも平気よ。心配しないでね? 私が、直ぐに殺してあげる! 彼の元には、行かせないわ……!)
アンズが笑うのを聞きながら、キツネはインドラに向けて構えを取った。インドラの脚は、もうヘカトンケイルを追おうとはしていない。それを確認して、キツネは安堵している。
東條アオイ。
泉リリカ。
東條ヒカルが庇っていた女性が例えそのどちらであっても、キツネに後悔はなかった。彼女は既に、心を決めている。
キツネの指示で、アンズは再び空気に溶けて辺りを漂い始めた。キツネはアンズに意識を同化させながら、その範囲を急速に拡大させていく。
(例え、これが最期になったとしても……)
インドラを睨みつけると、キツネは跳躍し、彼に向って刀を降り下ろした。




