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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
TO BE (後編)

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355/408

5-6 Birthday ⑨

 *



 高咲。


 浮かんでいる巨大な球体。三対の翼と無数の瞳を持つその真上へと、空から光の筋が落ちていく。それは一刻の間を置いて、轟音と共に再び球体を真っ二つに引き裂いた。


(――やはり)


 インドラの落とした雷がアナザーに直撃する様を、キツネは川に架かる小さな橋の上で眺めていた。既に多くの家や建物に被害が生じており、彼女はアナザーの進行を止めるべく焦りを覚えている。


 そして、焦っているのは、インドラも同じだった。疲労から体の自由が利かなくなるというデメリットがあることを分かっていながら、それでも僅かな時間に雷を連発させたことがそれを物語っている。


 インドラは河川敷にある芝の上から、そしてキツネは橋の上から同じものを目撃した。球体の中には、更に小さな塊が存在している。眩い光を放つそれこそが、アナザーの本体なのだろう。


 引き裂かれたアナザーは、時間を掛けて少しずつ元の球体に戻ろうとしている。アナザーの表面に無数に存在する目は赤い涙を流し、それらは地上に雨のように降り注いで、地面に跡を残していた。


「来い。闘いの時だ」


 キツネの声に合わせて、彼女の傍らには少女の姿が浮かぶ。黒いレースの日傘を手にオリーブグリーンのクラシカルなワンピースを身に着けたその少女は、西園寺アンズだった。その姿は、キツネ以外には見ることが出来ない。


(やあね。人使いが荒くって)


 言いながらも、アンズは既に何体もの水獣達を召喚している。それはウミヘビやイルカ、サメなどにも似て見えたが、実在するものよりも遥かに巨大だ。水を操るアンズにとって、水源が近いこの環境は、能力をフル稼働させることが出来る場所でもある。


「インドラの意図は分かるな?」


(あの中身を狙えということでしょ? ビリビリ、随分とサービスがいいみたい? そんな事したって、好きになったりしないけど!)


「風の壁が復元する前に、カタをつけたい。先ずは、アレの動きを止める」


(そうね。それにしても、なんて醜い姿なの? オメメのオバケなんて)


「安心しろ。お前も同類だ。……行け」


(まあ……!)


 両頬をプクッと膨らませてキツネを睨みつけると、アンズや水獣達は素早く空気に溶けて散り散りになった。瞬きする間に彼女はアナザーの元に辿り着くと、その周囲をぐるりと取り囲む。


 キツネは意識を集中させて、アンズと視点を共有し始めた。彼女達の目は、アナザーの表面を覆う無数の目と睨み合う。


「逝け」


 掌を合わせて意識を集中させ、キツネは散り散りになったアンズの体を通して彼女の能力を発動させた。


 アナザーの周囲を包み込んでいた薄い水の膜から、次々に氷の刃が出現する。それぞれが一メートルは優に超えるその刃は目という目に突き刺さり、アナザーは女性のような悲鳴を上げた。


 表面がグニャリグニャリと激しく波打ったかと思うと、ギュウッと一部が縮みあがり、数秒の間を置いて弛緩する。アナザーはその動きを数度繰り返すと、目に見えて動きが鈍くなった。進行自体は止まっていないが、スピードは格段に落ちている。


 そしてその変化を、キツネとアンズは見逃さない。


 アナザーの真下を流れていた川の水が突然膨れ上がったかと思うと、それは刃となってアナザーの体を貫いた。二本、三本と続くその刃は、キツネの立っていた橋の手前でアナザーを完全に制止させる。


 金切声のような悲鳴の後、「キャア」とも「イヤ」とも聞こえる甲高い声が辺りに響いた。アナザーはビクンビクンと体を震わせ、目という目からは血の涙を流し、川は赤く染まっている。


「手を止めるな!」


(言われなくったって、分かってるわ!)


 空気中の水分を集めてアンズは再び少女の形に戻ると、手を大きく振りかざした。彼女の手の動きに合わせて、水獣達がアナザーに襲い掛かる。それに合わせて、キツネも腰の刀を抜いてアナザーの真上に跳び上がった。


 しかし、彼女たちは核に触れることが出来ない。輝く核の周囲は直ぐに大量の羽根に覆われて、それらが全ての攻撃を防いでしまうのだ。


 水獣達は幾度核へ近付いても、触れることすら出来ずに片端から蒸発していく。キツネが幾度斬りこんでも、手に返るのは分厚く弾力のある感覚だけ。羽根が、全ての攻撃を吸収している。


「キツネ!」


 インドラの声を合図に、キツネとアンズはアナザーから素早く離れた。二人と入れ違いに現れたインドラは、核に向けて一撃を叩きこむ。雷を纏った彼の両腕のガントレットからは、小さな火花が飛んでいる。


 だが、その攻撃も、アナザーの核には届かない。インパクトの瞬間に、アナザーは全ての羽根をインドラの正面に移動させて攻撃を受け止めたのだ。


 それに気付いたキツネが露出した核らしき物の一部に斬りかかったが、その時には、それは再び大量の羽毛に覆われてしまっていた。


(……人……?)


「……なんだと?」


 アンズの呟きを拾って、キツネは嫌な汗を掻いた。彼女自身、チラリとその姿を見たように思っていたのだ。


(今……人みたいなものが見えたわ。あの中、なにか居る。……アナザーなの……?)


 そうだったら良いのだが――その言葉を、キツネは呑みこんだ。彼女自身、不意に浮かんだ別の可能性を信じることが出来ない。


「キツネ。見てくれ」


 インドラは離れた所へ降り立って、空を指している。空を叩き付けながら進むような、独特な音。彼らの視線の先には、近付いてくるヘリコプターがあった。


「自衛隊のお出まし……という訳でもなさそうだな」


 報道のヘリコプターだと察して、キツネは心底嫌そうに吐き捨てる。


「どうせなら戦闘機の一機や二機、こちらへ飛ばしてこい!」


「キツネ。それでは、俺たちも巻き添えになってしまう」


「お前の身など知ったことか!」


 キツネは、自分だけは回避できるつもりでそう言った。そしてキツネの暴言に、アンズも「そーよ! そーよ!」と唇を尖らせて同調している。彼女は雷を落とされた過去から、インドラを嫌っているのだ。


「ええい! 急がねば……っ」


 視線の先で小さな氷の欠片が飛ぶのを見て、キツネは言葉を失った。ピシッピシッと音を立てて、アナザーを固定している氷の刃に亀裂が入り始めている。それは、彼女の想定を遥かに超えるスピードで起こっていた。


 アナザーは血を撒き散らしながら、傷口が開くこともお構いなしにグニャグニャと動いている。拘束を解いて逃げようとしているのだ。


 近付くヘリの音が、アナザーの恐怖心を煽っているのかもしれない――。キツネは空から伝わる振動が、インドラの雷を髣髴とさせるのではないかと考えた。二度の落雷により受けたダメージは、今だ回復しきっていない。このアナザーにとっても、雷は脅威なのだ。


「おい。お前」


「無理だ」


 キツネの言いたいことは、インドラにも分かっている。「もう一度雷を落としてやれ」と、彼女はそう言いたいのだ。


 しかしインドラは、多少加減をしたとはいえ、巨大な雷を連発した直後。彼は既に、疲労から酷い眠気に襲われている。ガスマスクで表情を隠し、普段通りの振る舞いを心がけているものの、実のところは立っているのがやっとの状況だ。


(核を直接切り刻むしか、方法はない。そのためには、インドラの雷に頼らざるを得ない……)


 キツネは、唇の端を噛んだ。一撃の攻撃力は、どうやってもインドラには勝てない。


「おい。なにか知らんが、事情があるなら時間を稼いでやる」


 キツネは刀を弓に持ち替えて、背中の矢筒に手を伸ばす。彼女の傍らでは、アンズが扇でパタパタと仰ぎながら、アナザーを睨みつけていた。彼女はアナザーの中に奇妙な存在があることに気付いてから、それを訝しんでいる。


「核を露出させ、君が刻む」


「そうだ。勝機があるとすれば、それだけだ」


 それを口にすることは、キツネにとって屈辱でもあった。事実とはいえ、インドラの助力無しにこのアナザーを狩ることは出来ないと認めることでもあったからだ。


 この時、インドラはこれを、キツネとは正反対に捉えていた。キツネは自分の得手不得手を十二分に理解し、目的のために合理的な判断を下すことが出来る人物に思える。それは弱さではなく強さであり、インドラにとって彼女が脅威であることを示していた。


「さあ。行くぞ」


 キツネの足元には、彼女の発する冷気で氷が張り始めている。


(ビリビリのために時間を稼ぐなんて嫌だけど……。仕方がないわ。暴れてあげる!)


 キツネの合図に合わせて、召喚した水獣達と共に、アンズはアナザーに向かって飛び出した。

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