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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
TO BE (後編)

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352/408

5-6 Birthday ⑥

 *


 

 光の柱が高咲に近付いていた時、ヒカルは何度目かの夢を見ていた。彼には自覚がなかったが、コアトリクエを探しながら大量の羽根の中を歩くうち、ヒカルは何度も眠りに落ちていたのだ。


 羽根の中は温かく、良い匂いがした。そしてその中で見る夢は、どれも幸せなものばかりだ。


 夢を見ながら、ヒカルはそれが夢であるとハッキリ気付いていた。夢の中には、自分を遠くから眺めるもう一人の自分が存在している。



 先ず、ヒカルは幼いの頃の夢を見た。五歳くらいの彼は、リリカと一緒に野原で寝転がって花や空を眺めている。ヒカルはシロツメクサを集めて編み、それをリリカの頭に乗せたり首に掛けたりして、無邪気に笑っていた。


「あかいお花のついた馬車に、いちばん星みたいなネックレス。あとは……そうね、ふりーじあのお花みたいなスカートとか……」


 幼いリリカが欲しいものを考えて身振り手振り説明する度に、幼いヒカルは隣で楽しそうに頷いている。


(『スズランみたいなイヤリング』に、十七歳の誕生日は『真っ赤なおクツ』。その次は『マーメイドみたいなドレス』で……)


 ヒカルは、幼いリリカの言葉の先を覚えていた。子どもの頃、いつか必ず自分がプレゼントすると彼女に約束したのだ。


「どれす? ワンピースみたいなやつ?」


 幼いヒカルが首を傾げるのを見て、リリカはプクッと頬を膨らませている。


「ちがうの! ワンピースじゃなくて、ちゃんとドレスよ。あたまには、てぃあらとべーるも必要なの」


「そうなんだ」


「けっこんしきで、着るんだから。ヒカルも、たきしーどを着るの」


「そうなんだ」


「もう! 分かってるの?」


「うん。いっしょに着よう。おそろいだね」


「……もう。にぶいんだから」


 リリカはムスッとした顔で、幼いヒカルの額を指で弾いた。ヒカルは両手で額を押さえて、不思議そうな顔で目をパチパチさせている。



 それからヒカルは、彼が小学生の頃の夢や、アオイを交えてリリカと三人で出掛けた夢を見た。夢の中で、三人はいつも笑い合っている。彼らは、今のような悪夢など想像もしていなかったことだろう。



 最後に、ヒカルは中学生の頃の夢を見た。ヒカルとリリカは高校受験を控えた中学三年生で、二人は東條家のダイニングテーブルに教材を広げて、それぞれ黙々と勉強を続けている。


「……リリカ。話しかけていい?」


「話しかけてるじゃない」


「そうだけどさ。……あのさ、井口って分かる?」


「知らない」


「知らない筈は……。うちのクラスの奴だよ。サッカー部で、背が高くて、色黒の。ほら、女子に人気あるじゃん」


「知らない。全然、分かんない。興味ないもん。……なんで?」


 尋ねられて、ヒカルはペンを止めた。


「……井口から、『自分のことどう思ってるか聞いてくれ』って頼まれたから」


 誤魔化そうとして言葉が思いつかず、ヒカルはそのまま事実を口にした。


「ふーん。……ねえ。それを言われる前に、なんか聞かれたんじゃないの? その池田君から」


「井口だよ。……なんかって?」


「もう。だーかーらあ」


 ペンを置いて、リリカは顔を上げた。彼女の目元は、ヒカルを責めている。


「その田口君から、聞かれたんじゃないの? 関係がどうとか」


「井口だって。関係がどうとかって……」


「だから! 『泉さんと付き合ってるの?』みたいなこと、聞かれたんじゃないの?」


「……聞かれたよ」


 リリカの迫力に負けたのと、元々嘘が吐けない性格もあって、ヒカルはあっさりとそれを認めた。


 リリカは「やっぱりね」と呟いて、それからジトッとした目でヒカルを睨んでいる。


 ヒカルは責められている事は分かっていても、何が悪いことなのかは分からない。


「一応聞いておくけど、なんて返したの?」


 それが望むようなものでないことは、リリカには分かり切っている。それでも彼女は、ヒカルに答えを求めた。


 ヒカルは左手に握られたままのペンを眺めながら、それを時々クルリと回す。


「別に。話してる途中でチャイムが鳴って、アイツは部活で急いでて、『とにかく俺のこと聞いてきてくれ』って……」


「じゃあ、全っ然、ハッキリ言ってないんだ?」


「だから、そうだって」


 もういいだろと、ヒカルは再びペンを走らせる。途中でやけに空気が重い事に気付いて顔を上げると、ヒカルの目には俯いているリリカの姿が映った。


 ヒカルが声を掛けようとすると、リリカが鼻を啜って、荒々しく席を立つ。彼女の目には、大粒の涙がこれでもかと溜まっている。


「え……。リリ……」


「ヒカルなんか知らない!」


 リリカはそれだけ言うと、テーブルの上の勉強道具一式をかき集めて、ダイニングを飛び出して行く。それから彼女は、玄関の傍にあるヒカルの部屋に消えて行った。喧嘩をすると、彼女はいつもヒカルの部屋に閉じ籠るのだ。


「だから、なんでいつも僕の……」


 頭を抱えて、ヒカルはテーブルに突っ伏した。


 一度こうなってしまうと、最低でも数時間は、リリカの機嫌は直らない。


(だったら、なんて答えれば良かったんだよ……)


 ヒカル自身、答えを持たない二人の関係をどうしてよいのか分からずにいるのだ。



(どうしていつも――)


 大量の羽毛に包まれて、ヒカルは目を覚ます。直前まで自分の呟く声が聞こえたように思ったが、何を言おうとしていたのか思い出すことが出来ない。


 気を抜けば再び眠りに落ちてしまいそうで、ヒカルは頭を左右に振って、何度も目元を擦った。


 ヨロヨロと立ち上がって、ヒカルは辺りを見回す。相変わらず周囲を風の壁に囲まれているようで、外の様子はよく分からない。中林の姿は確認できず、コアトリクエの姿も見えないが、やはり歌だけは聞こえてきていた。


「歌が……」


 ヒヤリとしたものが背中を走って、ヒカルは反射的に空を見上げる。コアトリクエの歌に交じって、遠くから別の音が聞こえて来るのだ。それはスキー合宿の時に、あの雪山で聞いた空から鳴る不思議な声と同じものだった。


 また誰かが、空から語り掛けている――。


 良くないことが起きているように思って、焦りから、ヒカルは足元に拳を突き立てる。彼は再びリリカの様子を確認するために、球体の内側へ急ぎ戻ろうとしたのだ。


 その次の瞬間。


 途端に、空が墨汁を溢したように黒くなった。雲の天井を這いまわるように、光の筋が幾本も走る。壁の内側からも分かる程の、異様な雰囲気。


 全身が総毛立ち、耳がビリビリと痺れるほどに空気が揺れている。


 本能的に、ヒカルは球体の内側目掛けて飛び込んだ。彼は迷うことなく、リリカの元を目指していた。

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