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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Human after all

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33/408

2-1 予感 ③



「それで?」


 キッチンとダイニングとの間にあるカウンターに身を乗り出して、アオイが愉快そうに首を傾げた。

 アオイは既に家着に着替えた後で、長い髪を高い位置でラフにまとめ、ビールの缶を手にしている。


「なにが?」

「だから、なーんで喧嘩したのかなって、聞いてるの」


 白々しいヒカルの態度を可愛らしいと感じながら、アオイはケラケラと笑った。

 喧嘩なんかしていないと、ヒカルはアオイと目を合わせずに呟く。彼は視線を落としながら、慣れた手つきで黙々と餃子を包んでいる。


「……勝手に、怒ってるんだよ」


 その呟きは先程よりもずっと小さな声だったので、アオイは緩んだ表情をさらに緩ませた。


 穏やかなヒカルと、快活なリリカ。対照的な二人は、いつも一緒に過ごしてきた。

 ヒカルは普段からリリカのペースに振り回されているが、それに怒ったり嫌がったりするような事は無かった。二人は兄弟のように仲がよく、喧嘩らしい喧嘩も数えるほどしか無い。


 だが年に一、二度ほど、ヒカルはリリカを怒らせてしまうような事がある。 

 そういった時、ヒカルは大抵、手元で単純作業を繰り返すような料理――例えば、餃子や春巻きやシュウマイなどをせっせと作る癖があった。


 アオイは帰宅直後に家の中の不穏な雰囲気に気付き心配していたが、ヒカルが無心で餃子を包む様子を見て、色々と察したのだ。


「戻りました」


 リビングの扉を開けて、買い物袋を下げた淡路が現れる。

 淡路はまるで我が家に帰宅したような表情をしているが、ここは彼の自宅でもなければ誰かに呼ばれた訳でもない。


「帰れ」


 いい気分が台無しだと、アオイは頭を抱えている。

 アオイがカギを返すように、無言で手を出した。

 淡路は東條家のカギの複製を繰り返しているのだが、その事実を言葉に出すとヒカルやリリカに不安を与えてしまうため、この会話はいつも目だけで行われている。


 淡路が、アオイの手を取った。

 アオイは、その手を叩き落とし睨みつける。


「アオイさんは素直じゃないなあ。そこも、可愛いんですけども」


 淡路は全く意に介していない様子で、持参したエプロンをつけて手を洗うと、ヒカルに手伝いを申し出る。当たり前のように東條家に上がりこむようになってからというもの、淡路はヒカルの料理の手伝いをするのが日課になっていた。


 ヒカルの方はというと、最初こそ淡路に手伝いたいと言われても困った様子だったが、今では慣れた様子で調理助手のように扱っている。


「そういえば、ヒカル君の部屋の張り紙は?」


 覚束ない手つきで餃子を包みながら、淡路は素知らぬ素振りで尋ねる。

 気付いているくせにと、アオイは心の中で毒づいた。


 フライパンを用意しようとしていたヒカルが、急に思いついた様子でホットプレートを引っ張り出している。淡路の声は届いているが、答えたくないので、気付かない振りをしているのだ。


「そろそろ、声かけてきたら? ごはんでしょ」


 飲み干した缶を惜し気に振って、アオイはキッチンへと足を運ぶ。冷蔵庫を開けると、ビールで埋め尽くされた棚には弟の筆跡で「一日二本! 休肝日を作ること!」と書かれたメモが貼られていた。


 ならば日本酒でもとアオイが目を向けると、彼女が酒をストックしている棚をヒカルが片手で塞いでいる。


「あれ、喧嘩かな? 珍しいね。いつも仲良しなのに」

「だから、リリカが勝手に怒ってるんだってば」


 アオイを目で制止しながら、ヒカルは取り皿や箸などをダイニングテーブルに運んでいる。


「なにをして怒らせちゃったの?」

「別に、大した……」


 淡路の声は心配しているように感じられたので、ヒカルは途中で言葉を詰まらせた。

 正直、何故怒らせてしまったのかは自分が聞きたいくらいなのだが、怒らせてしまった事は事実なのだ。自分でも気付かないうちに、リリカに酷いことをしてしまったのかもしれないとヒカルは思い直した。


「それ全部、包んじゃって貰えますか?」


 淡路に言い残して、ヒカルはリビングを出ていく。

 弟の背中を見送って、アオイは気分よく酒の棚に視線を戻した。すると今度は、不自然に伸びた淡路の片脚が棚の戸を塞いでいる。


「なに、その脚は?」

「将を射んと欲すれば先ず……っていうじゃないですか」

「そういうこと、普通言う?」

「僕だって、未来の義弟の好感度を上げたくて必死なんですよ。それもこれも、アオイさんが婚姻届けにサインしてくれないから……」


 ワザとらしく溜息を漏らす淡路に呆れて、アオイは腕を組み冷蔵庫にもたれ掛かる。

 淡路の広い背中を見ると、アオイは自宅のキッチンが狭くなったように感じた。


「悪いけど、その未来はあり得ないから。ってか、うちのカギ寄こしなさいよ」

「嫌です。あと、アオイさん。そういうのは、良くないと思います」

「なにが? 自分のお金で飲んでるの。それに、ちゃんと、一応だけど、休肝日も作ってるし」


 酒のことを咎められたと思ったアオイがしどろもどろに言い返すと、淡路は背を向けたままの姿勢で首を横に振った。


「服です」

「なに?」

「上に何か着てもらえると、助かります」


 淡路の言葉で、アオイは胸元の大きく開いたタンクトップ姿の自分に気付いた。彼女は気恥ずかしさを誤魔化すように、淡路の背中から目を背ける。

 それから何か思い出したような素振りで、アオイはリビングの隣の自室へと戻っていく。


 アオイが自室の扉を閉じた後、視線を手元に落としたまま、淡路は声を出さずに笑った。

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