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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
TO BE (前編)

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324/408

5-4 「病」(someone might call it family) ④

 *



――「今から三十年程前の事だ。サンプルリターン……と言って、分かるだろうか。我が国の小型探査機が、遠く離れた宇宙で小さな星に降り立ち、そこから岩石などの欠片を地球へ持ち帰ったことがある」



 ヒカルの脳裏に蘇ったのは、いつかの中林の言葉だった。それは、まだ彼が、中林を一人の大人として信用していた頃の話だ。


 ヒカルは施設の中を一人歩きながら、頭の中ではこれまでの出来事を必死に整理しようと試みている。廊下には照明が煌々と灯っていたが、人気のないそこは不気味な空間でもあった。


 この施設にやって来た時には見えていた子供たちの姿も、今は何処にもない。ヒカルが見ていた幻は、彼が現実を知るにつれ消えていく。



――「その際に持ち帰ったものは、岩石だけではなかったということだ。端的に言えば、宇宙に存在する別の生命体そのものといえるものを、地球に持ち帰ったんだよ」


――「宇宙人……ってことですか?」


――「人間と同じような、人間が想像してきたような、そういった類のものは役に立たない。それは人類誕生の遥か昔から、あらゆる知識を食い荒らし、オールトの雲の向こうから我々を観察し続けてきた。……知恵の実は、分かるかな?」


――「あの、アダムとイヴの?」


――「そう。我々が与えられたものは、知恵の実だった。ヒカル、これはとても、難しい話だ」

 


 記憶の中。中林は、さらに次のようなことを告げた。



――「知恵の実は幾つにも分けられ、それは方々へ散らばった。それが、核だ。核は様々な方法で、姿を変える。アナザーは、核が意思を持って己を形成したものだ」



 ヒカルはハッとして、足を止めた。廊下の先に、人の姿があったからだ。その男は、鋭い目つきでヒカルを睨みつけている。


 それがガラスに映った自分の姿だと気付くと、ヒカルは緩んだ口から小さな音を漏らした。体から力が吸い取られたように、彼はガクンと首を倒す。足も腕も重く、体は言うことを聞かない。


 歩みを止めた瞬間に、ヒカルは自分が疲れていることを自覚した。自分は疲れ過ぎていて、もう動けないのだと。それと同時に、彼は膝を着いてはいけないことも理解した。この場で一度でも膝を着けば、もう立ち上がることは出来ないと気付いたのだ。


 一つを考え始めると、それは次々に様々な問いかけや答えとなってヒカルの頭に溢れ出す。濁流の中で藻掻くような思いで必死に手を伸ばすけれど、何処へどう手を伸ばしてみても、それは虚しい感覚を覚えるだけ。そうしてヒカルは、次第に情報の中に溺れていく。


(僕の中には、『彼女』の心臓がある――)


 中林が本当のことを話していると仮定するなら、「彼女」と呼ばれる生命体はその体を腑分けされ、バラバラになっていることになる。そしてその心臓が、ヒカルの中には埋め込まれているのだ。


 他人の心臓で生きている感覚、他人に生かされている感覚は、これまでにもあった。だがその持ち主を知った途端に、ヒカルは体が他人に乗っ取られているような奇妙な感覚も覚えることとなった。


 なによりヒカルは、中林の話を何処まで信じて良いのか判断できずにいる。そもそも、「彼女」がバラバラにされたのは何時の事だろうか。何故「彼女」は、そうされる必要があったのだろう。


 さらにヒカルが疑問に思っているのは、自分自身のことだ。移植手術を受けたのは、本当に事故の後なのだろうか。本当に、事故などあったのだろうか。もしそうであれば、生死の境を彷徨ったあの事故に関する記憶は、全てが幻なのだろうか――。


 自問自答の果て、込み上がってくるものを堪えきれずに、ヒカルは嘔吐した。それは殆ど胃液で、ツンとする臭いと喉の痛みに刺激されて、ヒカルは繰り返し何度も吐いた。


 崩れ落ちそうな体を壁に凭れさせ、ヒカルは折れそうな心を必死に奮い立たせ続ける。今のような状況にあっても、ヒカルにはリリカを思う気持ちがあった。今この状況でリリカを守る事が出来るのは、自分だけなのだと分かっている。


(核は、「彼女」だ。それは僕の中にもある。……それが、理由なのかもしれない)


 ヒカルは、核について思うことがあった。核が「彼女」の一部ならば、その「彼女」のレプリカであるアオイは核の塊のようなものではないだろうか。それが傍に居続けているのだから、感覚が狂っていてもおかしくはない。ヒカルが核の気配を探知することが苦手なのは、そのためだろう。


 だが同時に、ヒカルは疑問も抱く。それは、アオイが発しているはずの核と同じ気配を、他のハンターが察知出来ないのは何故かということだ。ヒカルはその答えについてアイディアを持たなかったが、アオイが危険に晒されているのではないかという不安だけは募った。


 第二東京タワーで別れた後、ヒカルはアオイがどうなったのかを知らない。ただ中林が変わらずにいることだけが、アオイの無事を間接的に伝えているようでもあった。


(「彼女」をヒトに近付けて作られた人間が、僕。そしてその僕には、オリジナルの「彼女」が埋め込まれている……)


 ヒカルは、自分という存在は、よりオリジナルに近い個体なのではないかと考えた。中林の言うようなネオヒューマンでもなく、アオイのようなレプリカでもない。その中間に位置するような存在を作り出すことで、中林はヒカルに何かをさせようとしている。


 リリカを守るために、ヒカルはインドラやキツネと闘わなくてはならないと分かっていた。しかし、ヒカルは今、中林という男の抱いている野望も自分の敵なのだと理解する。そしてその敵は、他ならぬ自分自身であるかもしれないことも――。


 汚れた口元を拭って、ヒカルは前を向く。


 立ち止まっている時間はない。


 深く息を吸って呼吸を整えると、彼はリリカの病室へ向かって歩き始めた。

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