1-6 ワールド・オーダー ④
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何食わぬ顔で勝手口から家に戻ると、南城は台所を出たところで父親と鉢合わせた。
普段、この時間は道場で門下生を相手にしているはずの父親が、今日は着流し姿で折りたたまれた新聞を手にどこか所在なさげにしている。
「戻っていたのか」
何故そんなところから出てくるのかとは、父親は尋ねなかった。特に、疑問にも思っていない様子だ。
「はい。少し、走りに出ておりました。道場は、いかがされましたか?」
「今日は、小学生のクラスだけだ。時間を繰り上げた」
近頃は物騒だからなと、父親は小声で付け足した。
南城は、その言葉が自分にも向けられていると感じ取る。
父の言葉には娘を気遣う親心があったが、それと同じ位に、他所へ迷惑を掛けることが無いようにという戒めも含まれていた。先日の公園での一件以来、警察という言葉に父親は敏感だ。
「今度の休みは、お前も顔を出しなさい」
「はい。……兄さんは?」
「聞くな」
「はい。失礼します」
それだけいうと、南城は父親を残して風呂場へと向かった。
去り際、南城は父親からの視線を背中で感じたが、それには気付かない振りをした。
家中が、寂しい。それは、今に始まったことではなかった。随分前から、この家の中は寂しさに満ちていた。
父親は区議会議員を務める傍ら道場を経営し、母親は華道や茶道、着付けといった教室を開いていることもあって、南城家は道場にも母屋にも人の出入りの絶えない家ではあった。
だが運ばれてくる賑やかさは来訪者の帰宅とともに去り、夜にはまた寂しさだけが残されるのだ。
南城は無意識に、溜息を漏らしていた。この家では、呼吸すらままならない時がある。
脱衣所で服を脱ぎ捨てると、南城は備え付けられた大きな姿見に目をやった。そこに映る長身の女と目が合うと、彼女は祈るように目を閉じる。
裕福な親の元に生まれ、満足な教育を受け、さして不自由のない暮らしを送ってきた南城だが、それでも彼女は、目が覚めたら別人に生まれ変わっていることを願うようなことがあった。
強い体躯と、充実した仕事にも恵まれた。だが心だけは暗がりへ引き込まれがちで、時折、落ちていくような強い衝動に駆られることがある。
「受け継ぐのなら、狩れ――」
どこからとなく耳に蘇る声。
それは、南城が初めて狩ったアナザーが残した、最期の言葉だ。
彼はまた、こうも言った。アナザーを狩り、人外の力を体内に取り込むことで、人を超えた存在になることが出来る。その力は、神にすら等しい、と。
初めてアナザーを狩った雨の夜、南城は震える手で核を拾い上げ、まだ少し熱の残るそれを一思いに飲み込んだのだった。
(全てのアナザーを狩り、神の力を手に入れる)
目を開いて、南城は鏡の中の自分へと言い聞かせた。
しかし決意と共に重い楔のように打ち込まれたその言葉は、まるで少女の祈りのように儚げでもあった。




