1-6 ワールド・オーダー ②
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二〇×一年 十月六日 水曜日
都心からさほど離れていない、某県某市の私立高校。その校庭に、中林は立っていた。
辺りはすっかり暗くなって、学校には数人の教師が残っているだけ。
雲一つない空には、月が浮かんでいる。
「ああ、可哀そうに」
中林の呟きは、夜風に乗って辺りに溶けていく。
その声を拾って、セーラー服を纏った学生が目を微かに開いた。地面に伏す彼女の目は、月明かりの下に現れた中林のシルエットを捉えている。
女子学生の名は、西園寺アンズといった。
アンズは顔をあげて周囲を見まわそうとしたが、頭をもたげることも体を動かすことも出来ず、自分の命が既に終わりかけていることを悟った。
華奢な体からは力が抜け落ち、肩で切り揃えられた黒髪と青ざめた唇は、地面に届く月の明かりで淡く輝いている。
「一思いに死ねず、さぞ苦しかろうね」
アンズは口を開くことすら出来ず、誰なのかと問いかけることも叶わない。
中林の身にまとう白衣が突風ではためいて、それがまるで翼のように見えると、アンズは体から痛みが抜けていくような感覚に包まれた。天使が、自分を迎えてきたのかもしれないと考えたのだ。
「お嬢さん。私は、君に道を選ばせることが出来る。生きるか、死ぬか、だ。……君は、ここで死にたいかね?」
死ぬ――。
その言葉を心の中で唱えた瞬間、アンズの脳裏には幾つかの光景がフラッシュバックした。それは彼女の心を震わせて、後悔や悲しみと共に目に涙を浮かばせる。
自分は何故、ここにいるのか。
どうして自分が、今こうして地面を這いつくばっているのか。
「悲しいね。どうして君が、こんな目に合わねばならないのだろう? この世は、真面目に清く正しく生きている人間から、深く傷ついていく」
中林の声に重ねて、アンズは様々なものを思い出している。
遠ざかっていく足音。
無くなった上履き。
捨てられていた教科書。
耳を塞いでも聞こえてくる罵詈雑言。
まるで、透明になってしまったような自分。
幾つもの光景が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく度に、後悔や悲しみといった感情は怒りへと姿を変えていく。
「こんな世界は、間違っている」
中林の言葉は、アンズの心に強く浮かんだ言葉を代弁していた。
「君が間違っているんじゃない。世界が、間違っている。我々はこの世界の中で、未だ正しいルートを選べていない。このままでは、進化の道は閉ざされるのみ。……だからこそ誰かが、この世界を正しい方向へ導かなくてはならないのだ」
獲物を誘き寄せるような声と身振りで、中林はゆっくりとアンズに歩み寄っていく。
中林には、既にアンズの返答が分かっていた。真面目で心の美しいこの学生は、必ずこの提案を受け入れる――。
過去にそうしてきたように、中林はアンズへと手を差し伸べた。
「私が、君に力をあげよう。世界の秩序を守るために」
中林は微笑み、アンズの頬には涙が伝う。
アンズの前に差し出された中林の掌には、青く輝くアナザーの核が乗せられていた。




