4-8 (痛いくらい)愛してる ②
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同時刻。
モニターの中を優雅に泳ぐ熱帯魚を眺めながら、向島は少し遅めのティータイムを楽しんでいた。彼の手にあるソーサー付きの純白のティーカップは自宅から持ち込んだもので、それは特別な客人のためにもう一客用意されている。
モニターの明かりとLED照明の味気ない光では、紅茶本来の鮮やかな色味を楽しむことは出来なかった。だが香りは、疲れた体を癒すために最適だ。抜ける様な爽やかな香りを楽しみながら、向島はその時が来るのを待っている。
やがて、室内に電話の音が鳴り響く。それは向島が予想していたよりも、一分近く遅れて鳴った。彼はデスクの端に備え付けられた受話器を持ち上げると、それを肩と頬とで挟むようにして通話ボタンを押した。
「俺だ。……予告? ああ。そうだが?」
向島が答えると、相手は続けて不躾に質問を投げて寄こした。彼の口にしたその質問は、一字一句違わず、向島の予想した通りのものだ。
電話の声の主はとても冷静とは言い難い様子で、それは普段の彼とは別人を思わせるようであった。しかし彼は向島の口ぶりから、既に何かを察しているようでもある。
「……いや。全て、打合せ通りだ」
向島がそうとだけ答えると、電話はガチャリと音を立てて切れた。相手は、これ以上の問答に意味がないと悟ったようだ。
受話器を手に戻して、向島は口元に笑みを浮かべる。通話相手の慌て様を思い出して、彼はそれを可笑しく思った。これまでアオイがいつも向島の共犯者であったように、今は向島がアオイの共犯者になったのだ。
(これでいいんだろう? 東條)
心の中でアオイに語り掛けると、向島はコートを手にして足早に部屋を後にする。
向島がアオイから依頼されたのは、偽物の犯行予告を捏造するところまで。しかし彼は、その後に虚偽の通報を行い、第二東京タワーに付近の警官や警備の人間を集めている。それは完全に彼の独断によるもので、アオイを援護するためのものでもあった。
そして今、向島自身も、第二東京タワーへ向けて移動を始めている。彼の脳裏にはアオイの姿が浮かんでいて、その瞳の端には朝露のような涙が光っていた。




