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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Another

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257/408

4-7 eyes ⑧



「――ブ。見てくれ、ガブ!」


 名前を呼ばれたように思い、中林は我に返った。彼は部屋を見回すが、そこはいつもと同じ生物準備室の地下だ。


 中林は、額に軽く汗を掻いていた。一体、いつから寝てしまっていたのか。朧げな記憶を辿りながら、彼は席を立って部屋の隅に置かれたコーヒーメーカーのスイッチに触れる。


 中林の耳には、彼の本名を呼ぶかつての仲間の声がこびり付いていた。


(アマノ……)


 その名を思い出すと、中林は頭痛がするように思った。


 ガラス製のサーバーに抽出されていく黒い液体を眺めながら、中林は過去の記憶に思いを巡らせていく。それは、いつも同じ場所の出来事だった。エコールでの出来事だ。


 長野県の山中にかつて存在した施設、エコール。その場所で中林とアマノとは、それぞれがプロジェクトの責任者として日々研究に没頭していた。それらのプロジェクトはアプローチの方法こそ違えど、人類の進化という同じ目的のために遂行されていたものだ。


「我々は……理解し合えたよ。アマノ」


 思わず呟いた中林の言葉には、後悔の念が滲んでいる。


 アマノと呼ばれた男は、もうこの世に存在しない。他の仲間がそうであるように、彼もまた、大地震の際に命を落としている。


 その大地震が、イリス――彼女は今、東條アオイを名乗っている――によって引き起こされたものである以上、中林にとって彼らの死は自分が招いたことと同義でもあった。彼にとってイリスは娘であり、娘の罪は自らの罪と同じことだと考えているからだ。


 仲間の死に胸を痛めて、中林は目を伏せる。彼がそうして長い事視線を落としていると、そこには存在しない筈の仲間の靴が見えてくるように思った。



「――ダメだ、とても安定しない。やはり、人の子どもをそのまま……というのには無理があるよ」



 今、中林の耳には、此処には居ない筈のアマノの言葉が聞こえている。



「……東北の? あの施設は閉鎖だ。なんでも、養母が子どもを逃がしていたそうだね。貴重な被検体を……罰当たり共め」



「何時の時代もそうだろう? 正しき行いが、必ずしも認められるとは限らない。だが、認められないからといって、それがなんだというんだ? 偉大な芸術家と同じさ。僕らの功績は、死後に認められるだろう」



「ガブ。……そうだよ。みな、成長が止まってしまう。……君の娘たちは、どうなった? 僕に残されたのは、もう……」



 視界に映っていた存在しない仲間の靴が消えて、中林は視線を上げる。コーヒーの抽出は既に終わっていて、ガラスサーバーの中は黒い液体で並々と満たされていた。


 此処に存在しない筈のアマノの声は、在りし日の彼の声そのままに中林の耳に蘇っていた。彼はそれを懐かしむように、振り払う様に、コーヒーに手を伸ばす。


(出来ることは、前へ進むことだけ)


 カップに注がれた黒い液体には、歪んだ人間の姿が映り込んでいる。


(成功だけが弔いだ。……そうだろう? イリス)


 手にしたカップをシャンパングラスのように掲げて、中林はかつての仲間たちに乾杯を捧げる。彼には、そこにはある筈のない幾本もの手が見えるように思えた。

  

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