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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Cell

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1-5 確かなもの ④


 

 クツ箱で山田に声を掛けられて、ヒカルは手を振って応えた。


 山田は部活がないので、野球部のメンバーでバッティングセンターに行くという。


「大丈夫か? 大変だったなあ。今日は、リリカちゃん送ってくんだろ? 元気になったら、お前も一緒に遊べよな!」


 ヒカルが礼を言うと、山田は手を振って去っていく。


 リリカは、昨夜目を覚ました後から、普段通りの様子を見せている。しかし、やはり昨日の今日ということもあって、ヒカルには彼女が疲れているように見えていた。


 アオイからは学校を休むように勧められたが、リリカが行くというので、ヒカルも登校した。ヒカルはリリカに合わせたつもりだったが、本当はリリカがヒカルに合わせたのかもしれなかった。


 ヒカルは靴をはいて傘立ての並ぶ傍へ行き、壁にもたれる。痛みはなく、怪我もない。だが無意識に、彼は自分の左腕を庇うような仕草をしている。


 あの爆発の後、ヒカルの腕は直ぐに元に戻っていた。被害といえば中林の作成した新品のスーツの左腕が弾けた程度で、それ以外は驚くほど日常通りに過ごせている。


 中林には、朝一番に会いに行った。中林はボロボロになったスーツの左腕部分を満足げに眺め、ヒカルの力を賞賛し、そして充分な休養を取るように言った。


 驚いたのは、中林があのアナザーの核を手にしていたことだ。中林は公安や警備の目を搔い潜り、現場に残されていたアナザーの残した核を手に入れたのだという。


 核は、これまでに見たことが無いような深い青色をしていて、周囲に光の膜のような物が見えていた。アナザーの核だと聞かされていなければ、ヒカルはそれを宝石か何かと勘違いしたかもしれない。


 中林はヒカルと話しをする間、幾度も核に視線を送っていた。それはジットリとしていて、舐めまわすような、囚われているような目だった。


 中林の目は直ぐにいつものそれに戻ったが、ヒカルは、キツネ面から聞いたような話については触れることが出来なかった。


 自分の内側にある、得体のしれない何か。

 本当は、大変なものを抱え込んでしまったのかもしれないと、ヒカルは考えるようになっていた。


 自分のものであることを確かめるように、無意識に、ヒカルは自分の腕を擦る。掌にドクドクと脈打つものが伝わる度に、ヒカルはその源を思う。自分を生かしているものは、自分の外からやってきたものなのだ。


「ごめん! 話し込んじゃって」


 駆け寄るリリカに声を掛けられて、ヒカルは顔を上げた。


「いいよ。一緒に帰らなくて良かったの?」

「うん。マリィもヒマちゃんも彼氏と帰るんだって。ほら、今日はどこも部活ないから」


 リリカが大げさに唇を尖らせて見せたので、ヒカルは思わず笑った。


「あ~あ。今日は、淡路さんくるのかなー」

「どうだろう。アオ姉も相当忙しそうだったし」

「昨日、泊まらなかったの?」

「わかんない。気付いたら居なくなってた。朝は、来てたみたいだけど」


 ヒカルの脳裏には、淡路によって片付けられたキッチンと朝食のセットされたダイニングテーブルの様子が浮かぶ。


 変に整理したりせず、物を追加するわけでもないが、キッチンの皿はピカピカに磨かれていた。用意されていた朝食も、気張ったメニューではないが、決して手抜きとも言えないものだった。


(ポイント稼ぎっていうか……)


 ヒカルは淡路の行動を思い返すうちに、意地悪なことを考えた。淡路のそれが、まるで自分に嫌われず、アオイには好感をもたれることを意識したような仕事ぶりだと思ったのだ。


 そしてすぐに、ヒカルはそれを考えないようにした。どんな理由であれ、淡路が好意でやっていることだと思い直したのだ。


 クツ箱を後にして、二人は校門まで行く途中に数人のクラスメイトとすれ違った。皆の顔は、どこか楽し気だ。突然の非日常感が、そうさせているのかもしれない。


 校門に差し掛かった所で、ヒカルは生徒指導中の教師の中に北上と南城の姿を見つけた。


 北上は生徒からの「さようなら」という言葉に機械的に返事をしていて、南城はついでのように服装を注意している。


 ヒカルはアオイから、彼らも事件現場に居たのだと聞かされていた。しかし見る限りでは怪我をしている様子もなく、いつも通りだ。ヒカルはそれを、嬉しく思う。


 バス停の掲示板には、映画のポスターが貼られていた。もう何年も前の、探査機が小惑星からサンプルを持ち帰った話を題材にしたものだ。随分と古い映画らしいそれは、定期的にリバイバル上映がされている。ヒカルは、それを観たことがない。


 バス亭も、バスの車窓から見える景色も、バス停からの帰り道も、その全てが驚くほどに日常と変わりがなかった。


 自分だけが変わってしまったような、そんな漠然とした不安にあてられて、ヒカルは薄らと汗をかく。


 池一つを抉り取るようなインパクト。自分の左腕から力任せに繰り出されたそれが、もしも人に向かってしまったら――?


「ヒカル? ねえ、大丈夫?」


 心配した様子のリリカが視界に飛び込んできて、ヒカルは我に返った。


 いつの間にか、ヒカルの体は自宅マンションのエントランスにある。ここまでの記憶はうろ覚えだが、ずっとリリカの声が遠くに聞こえていたようだ。


 ヒカルは直ぐに大丈夫だと返したが、リリカは不安そうな顔をしている。その顔は、事件の時ほどではないにしろ、恐怖の影を纏って見えた。


(そうだ、僕は――)


 問題ないことを示すため、ヒカルはリリカに笑いかける。


「リリカ。やっぱり少し、寄り道しない? スーパーまで」

「いいけど……本当に、大丈夫?」

「うん。折角早く帰れたし、一緒に作ろうよ、シュークリーム」


 ヒカルが、昨日食べ損ねたからだと付け足すと、リリカは目を輝かせて喜んだ。


(大丈夫……)


 他愛無い会話を重ねて笑顔を交わす度、ヒカルの心の迷いは晴れていく。自分は、確かに変わってしまったのかもしれない。しかし、その力が無ければ、リリカを守ることは出来なかったのだ。


 この街を、守ったのは自分だ。

 ヒカルは、そう自分に言い聞かせるのだった。

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