4-6 テンペスト ⑮
*
十九時十五分。
鳴り続ける振動音で、リリカは目を開く。いつの間にか眠ってしまっていたようで、ベッドの下には手から滑り落ちたスマートフォンが転がっている。
スマートフォンを拾い上げて、リリカはベッドの上に体を起こした。床には彼女がリビングから持ってきた学習道具などが散らばっていて、それ以外に変わった点はない。どうやらヒカルは、リリカが眠っている間も部屋には入っていないようだ。
スマートフォンの画面には、複数の通知が来ていた。それは友人からのチャットとSNSからのものがほとんどだ。「東條家」と名付けられたグループチャットには、淡路から遅くなるという連絡が入っていた。アオイも一緒だという。
SNSの通知を見て、リリカは昼間にアップした藤沢の歌に関連する投稿が好評であることを知る。藤沢本人がサイトにアップロードした動画の再生回数も、既に十万件近い。
リリカは嬉しくなって部屋を出ようとしたが、ヒカルとのことを思い出してドアを開くのを戸惑った。本当は直ぐにでも話したいのだが、怒って飛び出してきた手前、直ぐには戻りづらい。
それでも話をしたい気持ちが勝って、リリカは静かにドアを開いた。
「……ヒカル?」
リリカは小声で、ヒカルの名前を呼んだ。
ドアのすぐ隣の壁に寄りかかって、ヒカルは腕を組んで俯いている。どうやら、眠っているようだ。彼の隣にはトレイが置かれていて、そこには様々な食事が載せられていた。
(ビーフシチューにほうれん草のキッシュ。カボチャのポタージュにフルーツ盛りもりのロールケーキ……)
並べられているのは自分の好物ばかりだと気付いて、リリカはヒカルがせっせと料理に励む姿を想像した。どれも手間がかかるはずなのにと、彼女は彼の気持ちを嬉しく思う。
ベッドから毛布を持ち出すと、リリカはそれをヒカルに掛けて一緒に中に潜り込んだ。
ヒカルは起きず、すうすうと寝息を立てている。
リリカはヒカルに体を寄せながら、寝ている彼の様子をまじまじと見た。そして体の前で組まれた腕の太さや肩幅の広さ、昔よりもゴツゴツして見える手を眺めているうちに、自分たちはもう子どもから大人に近づいていることを知る。
「あのね。クリスマスに、綺麗なネックレスを貰ったでしょ? だから、誕生日に物は要らないの」
毛布からはみ出した自分の足先を眺めながら、リリカはヒカルを起さないように小声で言う。
「誕生日、写真が撮りたいな。一緒の。ヒカルは、苦手かもしれないけど……。物じゃなくて、思い出がいい。一緒の思い出が、もっと沢山欲しいの」
だめかなぁと、リリカは呟く。
しばらくして、「いいよ」とヒカルの声がした。
驚いてリリカが顔を上げると、目の前にはヒカルの顔がある。
「だっめーっ!」
大慌てで、リリカは迫ってくるヒカルの口元に両手を突き出した。
張り倒されたヒカルは後ろによろけて、壁に後頭部をぶつけている。
「い、今、キスしようとしてなかった?」
毛布をグイと引っ張って、リリカはその中に身を隠す。
「……したよ? なんか急に、可愛いこと言い出したから」
ヒカルは拗ねたような顔で、頭の後ろを擦っている。
リリカは顔を真っ赤にして、毛布に隠れたままヒカルに背を向けた。
「なんで、今なの? 今日すっぴんだし、ここ廊下だし……!」
「なんでって……アオ姉、居ないし。今日は口になにも塗ってないから、良いかなって」
「はあ? 意味分かんない!」
「いや、塗ってるの落ちたら嫌なのかな~って、僕なりに気を遣って……」
「そんなの塗りなおせばいいでしょ! ばか! バカバカ!」
もうイヤと叫んで、リリカは再び部屋の奥へ消えていく。ドアを閉める間際、トレイに載った夕飯を部屋に持ち込むことは忘れない。
「もう信じらんない……っ!」
ロマンチックの欠片も無いと憤慨しながら、リリカはロールケーキにフォークを突き刺し丸ごと齧りついている。
ドアの外ではヒカルが頭を抱えていたが、リリカはそれを知る由もなかった。
隔日更新中……
次回は12月11日21時頃を予定しています




