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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Another

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244/408

4-6 テンペスト ⑪



 十三時半。


「――っぱ、だめえ……っ!」


 込み上げてくるものに耐え切れず、リリカは口元に手を当ててダイニングテーブルから顔を背けた。彼女の目からは、ボロボロと涙が零れ落ちている。


「分かるよ……。いいよねぇ……」


 リリカに応えながら、ヒカルは鼻をかんでいる。彼の目にも涙が滲んでいて、鼻は赤くなっていた。


 ダイニングテーブルにはヒカルのスマートフォンが置かれていて、そこからは繊細な歌声が流れ続けている。それはヒカルが先日カラオケに行った際に、クラスメイトの藤沢が歌ったバラードだ。


 その動画は友人の山田が撮影していたもので、余りの素晴らしさに皆が聞きたがり、今ではクラス全員に共有されていた。藤沢はそれに大変気をよくしていて、次のカラオケを楽しみにしている。


「何度聞いても、泣いちゃうんだよ」


 ヒカルは鼻をかんだティッシュを丸めて、ゴミ箱に放っている。


「分かる! 聞く度に染みるっていうの? どんどん、よくなるんだけど!」


 リリカはティッシュを畳んで、目元を押さえるように涙を拭いている。堪えようとすればするほど、涙は流れ出てくるのだ。


 リリカはヒカルに、この動画をSNSで紹介してはどうかと尋ねた。


「投稿したらしんだけどね。でも、伸びないんだってさ。こんなにいいのに」


 理解できないという様子で、ヒカルはスマートフォンで動画投稿サイトの画面を表示する。動画のタイトルは、「柔道一筋の俺が歌う『雪の翼 ~とまどい~』」となっていた。動画の再生回数は、二桁だ。


 リリカは、自分のSNSで紹介してもいいかと尋ねる。


 藤沢本人に許可を取ってほしいと言われたので、ヒカルは早速チャットで連絡を入れた。クラスメイトも自宅で課題をやっているはずなのだが、藤沢からは五分と経たずに「大歓迎です」と返信が届く。


「藤沢、絶対サボってたな」


 返信の速さに驚いて、ヒカルは笑う。彼は、自分もサボっているということを忘れている。


 リリカはスマートフォンを取り出して、早速その動画についての紹介文を作成していた。


「藤沢君の持ち味はさぁ、見た目と歌声のギャップじゃない? この歌も少し前のやつでしょ? どっちかっていうと、アオ姉とか淡路さんより上の世代の?」


「あの角刈りがこんな声出すとか、反則だよねぇ。あと、歌詞がいいんだ。この曲」


「分かる! この歌、歌詞を聞かせる系だもんね~。私も藤沢君にリクエストしたーい!」


(それは、ちょっと嫌だな)


 少しだけ嫉妬して、ヒカルは呟く。彼は気持ちを切り替えようと、お茶を淹れるために席を立った。嫉妬するような男には、なりたくない。


 台所でカップを用意しながら、ヒカルはリリカになにを飲むか尋ねた。


 リリカは少し考えてから、香りのよい紅茶が欲しいと言う。


 ヒカルは茶葉を保管しているポットの並ぶ棚を開けて、ストロベリーやローズのフレーバーティーを取り出した。


「ベリー系のやつでいいかな? 気分に合うんじゃない?」


 ヒカルが尋ねると、リリカは嬉しそうに頷く。


 ヒカルはお湯を沸かしながら、空になった茶葉のポットをシンクに入れている。実をいうと、残りが少ないので単に飲み切ってしまいたかったのだ。


 自分用には緑茶のティーバッグを用意して、ヒカルは湯が沸くのを待った。


「あ、もうイイね付いた~。これで再生回数が増えたら嬉しいね」


 明るいリリカの声の後、彼女のスマートフォンからは藤沢の歌声が流れ始めた。


 歌は、過去を嘆きながら、それでも前向きに生きていくことを歌っている。どれだけ他人を傷つけてしまったのかと、不器用な生き方しか出来ない自分を呪う主人公。しかしその主人公は、一人の理解者と出会うことで自分と正面から向き合うのだ。


 その主人公は歌の中で、自分には愛される権利も愛する権利もないと嘆いていた。しかし歌が進むにつれ、彼は自分が傷つくことを恐れていただけだと気付く。


 なにかを手に入れるために、無傷ではいられない。生きることは傷つくことで、他人の優しさすら怖い。そんな主人公が、後悔を抱えながら、それでも生きていくのだと決意する四分半のストーリーだ。


 いい歌だなと、ヒカルは鼻をグスグス鳴らしながら息を漏らした。


「あ、そういやさ、来月の誕生日なんだけど。一緒に、第二東京タワー行かない?」


 キッチンの棚に引っかけてあるティッシュカバーに手を伸ばして、ヒカルは鼻をかむ。


 沸いたお湯をヤカンから保温ポットに移して、ヒカルはリリカのカップに湯を半分くらい注いだ。カップを温めるためだ。


 返事がないなと、ヒカルは顔を上げる。


 カウンターの向こうのリリカは、ダイニングテーブルに乗り出してヒカルの方を見ていた。


「それ、今言う?」


「え? なんで?」


「角刈りの男の子が歌う動画観ながら、言う? 鼻かみながら?」


「え? 藤沢、歌上手いじゃん」


「上手いけど! 凄いけど! でも! ロマンチックとかじゃなくない?」


「いい歌だと思うけど……」


「そうなんだけど! 大体、『あ、そういやさ』ってなに? なんでそんな、ついでなの?」


「そんなつもりは……。でも、そっか。ごめん。思い出した時に言っとかないとって……」


「え? 忘れそうだったってこと?」


 しまったと、ヒカルは唇を噛んだ。


 リリカは頬を膨らませると、ダイニングテーブルの上の荷物を慌ただしくかき集めて胸の前に抱え込む。


「バカッ! 知らない!」


 大嫌いと叫んで、リリカはリビングを飛び出していく。


 慌てて追いかけたヒカルの目には、彼の部屋に飛び込んでいくリリカの後ろ姿が見えた。喧嘩すると、リリカは家には帰らずに彼の部屋に閉じ籠ってしまう。


 怒らせてしまったことと、部屋を占拠されてしまったことで、ヒカルは溜息を漏らした。さすがに言葉が足りなかったと、彼は反省している。


「リリカ。ごめんよ。お茶飲もうよ」


 自室のドアの前に立って、ヒカルは声を掛けた。


 ドアの向こうからは、要らないと叫ぶ声がする。


 やってしまったと、ヒカルは額に手を当てて深い溜息をついた。


隔日更新中……

次回は12月3日21時頃を予定しています

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