4-6 テンペスト ⑧
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十二時十分。
ダイニングテーブルで昼食をとりながら、ヒカルとリリカは互いに気まずさを覚えていた。ヒカルは自分に向けられているリリカの視線が気になっていて、リリカはそんな自分の視線を避けようとしているヒカルの様子が気になっている。
昼食のメニューは、カレードリアだ。残り物のカレーを冷凍していたゴハンに掛けて、チーズを乗せて焼いただけ。それにサラダとインスタントのスープを添えて、リンゴはウサギの形に切ってある。
ドリアを口に運びながら、ヒカルはそっとリリカの表情を盗み見た。
リリカはスープカップを口に運びながら、やはりこっそりヒカルの方を見ている。
テーブルの上で、ヒカルのスマートフォンが着信を告げた。それには、何故かリリカが一早く反応する。
「ねえ、アオ姉じゃない?」
ヒカルは急かされるように感じながら、スマートフォンを手元に寄せて確認した。相手は、中林だ。その内容は、スーツの修理についてだった。
「リリカ。僕――」
「あ、お出かけ?」
食い気味に返すリリカの様子を、ヒカルは怪しく思う。
「うん。後で、ちょっと出てくるかも」
「そう。……どこ行くの?」
「……なんで?」
ヒカルは目を合わせて、リリカに尋ね返した。
普段とは違う反応に驚いて、リリカは言葉を詰まらせる。リリカの頭にはヒカルがトイレで誰かと話していたことが過ぎったが、そんなことは口に出せない。
ヒカルはリリカの様子を見て、溜息を漏らした。
「リリカさぁ、僕を疑ってるだろ?」
リリカは驚いて、思わず息を飲む。
ヒカルは思い当たる節があったので、リリカの言葉を待たずに話を続けた。
「あのね、前にも言ったけど、僕はマッチョには成れないから」
「……まっちょ?」
「そうだよ。僕の部屋で、見たんだろ? 本。普通に鍛えるだけじゃ、ああいう体にはなれないんだよ。だから、大丈夫だって。隠れてジムとか行ってないし、プロテインとか飲んでないし。メニューだって、組んでないし」
ハハハと、ヒカルは笑っている。
リリカはヒカルの表情を見て、彼が言うようなことは確かにやっていないが、やろうという気持ちはあるのだということを察した。ヒカルの言葉は不自然だからだ。
(人が心配してやってんのに……また筋肉の話してる……っ!)
沸々と怒りが込み上げるのを覚えて、リリカはムスッとした表情でドリアをスプーンで掘り進めた。このままでは、見聞きしたことを怒りに任せてポロッと口にしてしまいそうだ。
ヒカルはリリカが急に機嫌を悪くしたのを不思議に思いながら、デザートのリンゴを齧っている。正直に話したのだが、それにしては態度が冷たい。
(メニュー組もうとしてたの、バレてるのかな……)
未遂なのにと、ヒカルは心を痛めた。
なにか話題が欲しいと思い、ヒカルはスマートフォンに映る自分を見つめる。それから彼は、友人たちとカラオケに出掛けた時のことを思い出した。
「そうだ! リリカ、これ観てよ」
「ゴハン中!」
行儀が悪いと、リリカは口を尖らせている。
いつもは自分が注意する側なのにと、ヒカルは落ち込んで俯いた。
リリカは言い過ぎたことを反省して、水を飲んで気持ちを落ち着けてからヒカルに声を掛ける。
「……で、なに?」
優しい口調で言ったつもりだったが、リリカはまだ少しぶっきら棒な言い方をしていた。
ヒカルはリリカの方にスマートフォンを向けて、動画を再生する。それはクラスメイト達とカラオケに行った時に、友人の山田が撮影していたものだ。
動画が再生されると、スマートフォンの小さな画面からは美しい歌声が流れ出す。それはクラスメイトの藤沢が歌う、珠玉のバラードだった。




