4-6 テンペスト ⑦
*
北上家の炬燵机でそれぞれのノートパソコンに向かいながら、北上と南城は仕事をしていた。北上はテスト問題の作成中で、南城はレポートを書いている。
北上の受け持っていたクラスのうち、その殆どは録りだめている動画で授業を行うことが出来る状態にあった。残りは学級閉鎖になったか、受験生で既に授業がないかのどちらかだ。
コチコチと時計が時を刻む中、二人は静かに作業に取り組んでいる。時刻は、十一時半になろうかというところ。二人は段々と空腹を覚え始め、ミカンは昼寝に飽き始めている。
パソコンから視線を上げて、南城は顔を動かさずに目だけを北上の方へ向けた。
北上は南城の視線に気付いて、彼女の方へ顔を向ける。
南城はサッと北上から視線を外すと、再び作業に戻った。
(なんかコイツ……意外と鋭いな。隙がない)
(先程から視線を感じる……と言ったら、きっと怒るだろう。……昼食のことか?)
二人は心の中で呟いて、表面上はなにも無かった様子で作業を続けている。
南城は、朝早くから押し掛けてしまったことを申し訳なく思っていた。しかしそれをどう説明すべきか迷って、結局、なに一つ話せていない。そして北上も、南城に理由を尋ねるようなことはしなかった。
昨日は北上と食事をして、南城が家に帰ったのは遅くなってからのことだ。今朝、兄は早くから家を出ていて、父親も母親も外出中。本来ならば家で羽根を伸ばせるのだが、南城はそれも出来ずに逃げるように北上家へやってきている。
昨夜、アナザーと化した兄の姿を目撃してから、南城は家で気を休めることが出来なくなっていた。今は正体に気付かれていないようだが、いつまで隠し通せるかは分からない。抱え込んだ不安から、南城は溜息を漏らした。
北上はそんな南城の様子をみて、実家でなにかあったのではないかと心配している。昨日、兄と会話している時の南城は、とても緊張している様子だった。
(南城は、兄の異変に気付いているのかもしれない……)
北上は、そう推測している。
昨日、北上は咄嗟に南城の兄との握手を避けた。それは余計な接触から、自身の正体が発覚することを恐れてのことである。結果として、北上の行動は正解だった。
「……そういえば、洗濯を忘れてたな」
なにか手を動かしていたいという思いから、南城は家事を思い出す。
「まだ、溜まっていない」
「馬鹿だな。溜めずにやるんだよ」
南城に窘められて、北上はそういうものかと納得する。
北上は今、毎週末のように南城家の洗濯機を借りている状態だ。そのため彼は、そろそろ洗濯機の購入を考えているところだった。
北上が洗濯機を買う予定だと伝えると、南城は目星をつけているのかと尋ねた。
北上はスマートフォンを取り出して、ブックマークしていたページを南城に見せる。
「やっぱりな。だろうと思った」
笑い出す南城を、北上は不思議に思う。
「洗濯機ってな、サイズあるんだぞ。ほら、隣に小さく、十二キロって書いてあるだろ? これは大家族用だよ」
そういうものかと、北上は頷く。
「三人だと、何キロだろう」
ポツリと呟いて、北上は洗濯機のサイズをネットで調べ始めている。
(三人……って、ミカンと私じゃないだろうな?)
南城はそう疑問に思ったが、北上に尋ねることはしなかった。
「縦型と、ドラム式がある。どっちがいい?」
「さあ? あれって、どう違うんだ? うちは両方あるけど……」
自宅の洗濯機を思い浮かべて、南城は首を傾げる。そもそも洗濯は殆ど家政婦に任せているので、彼女には洗濯機による違いがピンときていない。
北上は、じいさんが生きていた頃は、家に二層式の洗濯機があったことを思い出す。あれは洗濯するのが億劫だったと、彼はそれを思い出して僅かに目じりを下げた。今となっては、良い思い出だ。
「北上、仕事の進みは?」
南城の質問に、北上は頷いて応える。彼は、問題ないと伝えたつもりだった。
南城は北上の様子から仕事は順調そうだと察して、ノートパソコンの電源を落とす。
「昼だし、休憩がてら駅前の電気屋まで見に行こう。こういうのって、買う前にネットとかで値段を比べたりするんだろ? そういうの、やってみたい」
南城は北上に笑顔を見せて、既に出掛ける準備を始めている。
北上は南城が元気を取り戻したように見えたので、それを嬉しく思った。
行ってくるよと、二人は傍で寝ていたミカンに声を掛ける。ミカンはゴロリと寝返りを打って、それに応えた。
玄関を出ると、真上には良く晴れた空が広がっていた。昨夜までの天気が嘘のように、今は日差しに暖かさすら感じられる。
ついでに食事も済ませようと、北上が提案した。
「そうだな。コメかウドンが食べたい」
「コメかウドン」
「うん。親子丼とか」
それはいいなと、北上は頷いた。
隔日更新中……
次回は11月25日21時頃を予定しています




