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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Another

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231/408

4-5 Brother ⑧


 

 帰宅して直ぐ、北上は玄関に違和感を覚える。勝手にあるものと思い込んでいた靴が、そこにはなかったのだ。


 少し遅れて走ってきたミカンは、北上を前にすると途端に勿体ぶったような様子でゆっくりと近づいてきた。「別に帰りを待っていた訳ではない」とでも言いたげだが、彼女は北上の手が近づくと、撫でる前から既に喉を鳴らしている。


 玄関に立ったまま、腰を曲げて、北上はしばらくミカンを撫でていた。


 ミカンは北上を見上げるようなポーズで、目を細めてゴロゴロと喉を鳴らして甘えている。元々人懐こい猫ではあったが、拾ってからというもの、ミカンは北上の傍について回っていた。そうでない時は、南城に甘えているのだ。


 北上はふと、左手にある紙袋二つとコンビニのビニール袋に目をやった。


 紙袋は淡路から渡されたものと、もう一つは駅前の本屋で買い物をしたものだ。次年度の新入生向けに、「卒業までに読んで欲しい本」というテーマで本の紹介をすることになったので、使えそうなものを幾つか購入したのだった。


 今回の件に関しては、取りまとめをしている国語科の主任から、中高生向けであることを念頭に探すようにと再三釘を刺されている。先に選書を行った社会科の教員陣が極端に思想の偏った本ばかりを選んだようで、その皺寄せが来ているのだ。


 本の入った紙袋を床に置くと、早速ミカンがそれに興味を示した。


 北上が本だと教えると、ミカンは紙袋の端に鼻先を当てたり、喉元を擦ったりして、少し首を伸ばすようにして中を覗き込む。


 ミカンは、本を目にして首を傾げていた。これは家にもあるじゃないかと、まるでそう言いたげだ。


 ミカンは、ミィと鳴いた。

 北上は、うんと頷く。


「学校で使うんだ。玩具じゃない」


 遊ぶなよと、北上は声をかける。


 しかしその言葉が終わり切らぬうちに、バサッという音とともにミカンは紙袋の中に飛び込んでいた。


 紙袋の中から北上と目を合わせて、ミカンはまたミィと鳴く。

 北上も、うんと頷いた。


 ミカンと向き合ううち、北上は唐突に、南城が口にしていた見合いという言葉を思い出す。ミカンを眺めているうちに、南城と彼女とが一緒に昼寝をしている姿を思い出したからかもしれない。


 あの時、北上は、南城が見合いと口にするのを確かに聞いていた。


 見合い。それは北上の知っている通りならば、結婚の相手を求めて男女が第三者を通して会うことを意味する。


 北上も、実は一度だけ見合いをしたことがあった。正確には、させられたと言った方が正しい。先代の数学科主任が定年退職する前に、彼の紹介で半ば強制的に食事に行ったのだ。勿論結果は、言うまでもないが。


「俺も、猫ならよかったか」


 北上が呟くと、ミカンはサッと紙袋の中に隠れた。それからそうっと、三角形の耳と真ん丸の目だけを出して、北上の方を警戒する。


 冗談なのにと、北上は指で頬を掻いた。


 ミカンを見つめながら、自分はいつまで玄関にいるのだろうと北上は思う。帰宅してからというもの、靴も脱がずにずっと玄関に居る。


 なぜ靴を脱がないのだろうと不思議に思って、それから北上は自分が待っているのだと気付いた。


 行ってくると声を掛けて、北上はミカンを撫でた。


 ミカンはミィと鳴いて、それから紙袋の本の上に寝転がる。紙袋は不格好に横に膨らんでいて、それはミカンの形にも思えた。


 その様子に目を細めて、北上は左手に荷物を手にしたまま家を後にした。


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