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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Another

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227/408

4-5 Brother ④


 

 十三時半。


 開いたドアの隙間からポテトと唐揚げの載った皿を受け取ると、ヒカルはそれを室内のテーブルに運んだ。テーブルの中央に置くなり、皿には四方から手が伸びてくる。


 桜見川駅に近いカラオケ店の一室。ヒカルはそこで、クラスメイト達と休日の一時を楽しんでいた。室内は、ぎゅうぎゅうだ。部屋はそれなりに広さがあったが、男子高校生が十人も集まればどうしても狭く感じられてしまう。


 ドアに近いモニターの傍では野球部の山田がマイクを握って、全身で力を込めて贔屓の球団の応援歌を熱唱している。


 部屋の中は暗く、流れる音楽に合わせて隅の照明が赤や青に目まぐるしく変わっていた。壁に描かれた星や音符の絵が、ボンヤリと光っている。


 隣に腰かけていたクラス委員の長山が、少し大きな声を出して、選曲したかと尋ねた。


 ヒカルも同じような声のボリュームで、あと三曲で自分の番のはずだと答える。


 現在、選曲済みの曲はマスキングされるモードになっていて、皆は誰がなにを入れたか分からないようになっていた。そのため皆は、自分の大体の順番しか分かっていない。


「――ジャジャジャッ! ジャジャーッ!」


 最後の効果音まで歌いきって、山田が拳を掲げた。彼は皆の拍手を受けて、満足げにソファに戻ってくる。


 山田と入れ替えに、今度は柔道部の藤沢が前に出ていく。


「藤沢! 次は大丈夫だろうな?」


 笑いながら、クラスメイトの一人が声を掛けた。


 藤沢は既に今日のトップバッターとして歌唱済みなのだが、彼は一曲目からバラードを歌い上げるという暴挙に出ている。


 そんな藤沢が、ニヤリと笑って皆に応えた。


 そして流れ出すピアノの前奏。モニターには一面の冬景色と、両手を広げて祈る様に目を閉じる男性アーティストの姿。


 またバラードだと気付いて、山田とその隣にいたサッカー部の山代が膝を叩いて笑う。


 同じ曲を選んでいたのか、部屋の隅に居たクラスメイトが慌てて小さな端末を弄りながら曲を探し始めた。


 藤沢はタップリ前奏の余韻に浸ってから、見た目によらず繊細な声で話しかけるように歌い始めた。


「藤沢、うまいなー」


 唐揚げを口に運びながら、ヒカルは関心して思わずそう口にする。


 藤沢が慣れた様子で、ヒカルに向けてウインクした。


 ヒカルの隣にいた長山が飲んでいたコーラを吹き出すと、周りの皆は笑いながら彼の方へ手拭きを投げる。


 今週はずっとオンライン授業で部活も停止中ということもあって、皆は久しぶりにクラスメイトと過ごしていた。男子全員が集まれたわけではないが、それでも半数はこうして元気な姿を確認し合っている。


 学校は、残念ながら来週もオンライン授業が決定していた。ヒカルのクラスでもインフルエンザの生徒が数人出ていて、担任の上川も罹患したということだ。


 テーブルを挟んでむかいに座っていた山田が、手拭きを手に長山の元へ駆け付けて拭いてやっている。小言を垂れながらテキパキと掃除する姿は、まるで母親のようだ。


「ありがとう。山田くん」


「いいわよぉ。あんたねぇ、もう溢すんじゃないよお」


 山田の口調で、今度はヒカルが笑った。


 調子に乗った山田が、今度はヒカルに飲み物を溢していないかしつこく確認する。それを見て、皆はまた笑った。


 部屋の中は賑やかだったが、藤沢はなにも気にせず自分の世界に入り込んで歌っている。


「山田って、弟か妹いそうだよね」


「言ったっけ? 俺、三兄弟の真ん中! 兄ちゃんも弟も野球部! 絶賛、妹募集中!」


 真ん中っ子と聞いて、分かる気がすると長山が頷く。


「ちなみに僕、妹居るよ」


 長山がスマートフォンで写真を見せると、山田がその画面を食い入るように見つめた。そこには、揃いのライブティーシャツを身に着けてポーズを決める長山兄妹の姿がある。妹は中学二年生で、彼女も白鷹の生徒だということだった。


 仲良しだねと、ヒカルが言う。


 長山は、妹は生意気なことの方が多いのだと答えたが、その顔は少し照れているように見えた。


「そういや、美人な姉ちゃん元気?」


 自分の席に戻らずに、山田はヒカルと長山の間に腰を下ろして皿からポテトを摘まんでいる。


「文化祭にいらしてたね。婚約者の方も一緒に」


 長山はアオイのことを思い出して、少し頬を赤らめている。彼は年上のお姉さんに憧れがあった。


 ヒカルは思わず泣き出しそうになったが、人目があるのだと自分に言い聞かせてそれを堪える。


 元気だよと短く答えると、ヒカルは思考を無にしようと試みた。しかしなにも考えないようにしようとすると、何処からともなく切ないメロディが耳に飛び込んで来て、それが彼の涙を誘うのだ。


 ヒカルがふと視線を向けた先では、サッカー部の山代と他数人のクラスメイトが目の端に光るものを湛えている。彼らの視線の先には藤沢がいて、彼はライトを浴びながら人生の儚さを歌っていた。


「すげえな。ここはもう、奴の特殊フィールド下に置かれてるぜ……っ!」


 続々と藤沢に囚われていくクラスメイトの姿を、山田が動画に収め始める。


 長山は今度こそ吹き出すのを堪えようと、口元をモニョモニョと妙な形に動かしていた。


 藤沢の歌を聞くうちに、ヒカルはここにはないはずの大雪原を見る。モニターの中から、雪景色が飛び出してきたようだ。


「やばいよ、僕……なんか見える……」


 ついに泣き出したヒカルを見て長山は堪えきれなくなり、またコーラを噴き出した。


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