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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Another

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221/408

4-4 Liar ⑥



 十七時半。


 チャットの着信に気付いて、ヒカルはソファテーブルに置かれたスマートフォンに手を伸ばした。相手は、中林だ。


 ヒカルは隣にいるリリカの視線に注意しながら、中林からの連絡を確認する。


 中林からは、スーツの修理が完了したとあった。何時でも構わないので、生物準備室まで取りに来るようにとある。


 ヒカルはソファから立ち上がると、テラスに繋がるガラス戸を開けて外を眺めた。朝から降り続く雨は、今だ弱まる気配を見せない。


 少し迷って、ヒカルは「これから行きます」と返信した。連日報道されている放火事件のことが気にかかり、出来るだけ早く手元にスーツを置いておこうと考えたのだ。


「リリカ。僕、ちょっと出てくる。留守番お願いしてもいい?」


「はーい。……わ! 雨、まだ凄いじゃない」


 リリカは調べ物をしていたタブレットから目を離して、ようやく外の雨音に気付いた。雨もそうだが、気温も大分下がっている。先日までの暖かな陽気が嘘のように、季節は再び冬に逆戻りしていた。


「うん。直ぐ帰るよ。戸締りしてね。誰か来ても、出ちゃだめだよ」


「はいはい。大丈夫、大丈夫!」


 まるで母親のようなことを言うヒカルを玄関まで見送って、リリカは言われたとおりにドアの戸締りを確認する。


 リリカの自宅は隣なのだが、こうして東條家の留守番をすることにも既に違和感はなかった。もう何年もこうして過ごすうちに、東條家は彼女にとっても自宅のような場所になっている。


 リビングのソファに戻って再びタブレットを手にしたところで、リリカは充電が切れかかっていることに気付いた。自分の充電器は、自宅のテーブルの上だ。


 普段はソファテーブルの周りに置かれている充電器を探すが、今日はどこを探しても見つからない。


(そういえば、ヒカルが掃除してたような……)


 オンライン授業が終わった後、ヒカルはリビングの掃除をしていた。その時のことを思い出しながら、リリカは記憶を辿ってみる。しかし、ソファテーブル周りに散らかっていたものを彼が何処に移動させたのか、自分はそれを見ていないことに気付いた。


 少し考えて、リリカはヒカルのスマートフォンの充電器を借りることを思いつく。借りたことは、後で報告すればいいだろう。


 普段は部屋のベッドサイドに置かれていることを思い出して、リリカはリビングを出てヒカルの部屋に向かった。


 ヒカルの部屋は、男子高校生の部屋にしては片付いていた。デスク横の本棚には少年らしい漫画も並んでいるが、本は種類や高さごとに揃えられている。彼が趣味でコツコツ集めているCDは、アルファベットや読み仮名順に並べられていた。


(相変わらず、図書館みたい)


 そもそもCDを買うという発想がリリカにはなく、彼女はヒカルがなぜ音楽を円盤で買うのかも理解出来ないのだった。


 充電器は、ベッドサイドテーブルの上に置かれていた。サイドテーブルには、CDを聞くためのポータブルプレーヤーと、『初めてのロープワーク』と書かれた本が置かれている。本は、淡路から借りたものだろう。


 何気なくベッドの上に腰を下ろして、リリカはイヤホンを耳に、ポータブルプレーヤーの再生ボタンを押してみた。流れてきた音楽はシンセサイザーの音がメインで、弦楽器と打楽器が喧嘩しているのを、男性歌手が叫んで止めているような印象を抱かせる曲だ。


(相変わらず、独特なのよね~。趣味が……)


 リリカは苦笑して、イヤホンを外した。本棚には沢山のCDが並んでいるが、他のものを確認したり聞いたりする気にもならない。こういった音楽を、ヒカルはどんな時に聞いているのだろうか。


 リリカは、今度は隣にあったロープワークの本を手に取った。中には、全く興味のない内容が図解や写真入りでツラツラと書かれている。


 それをパラパラと捲るうち、本の隙間から薄い紙が飛び出してベッドの下へ潜り込んだ。手を伸ばして拾い上げたそれは、CDショップのレシートだった。ヒカルが、しおり代わりに挟んでいたのだろう。


 ちょっとした悪戯を思いついて、リリカはレシートを手にデスクまで行く。そして裏面にペンで絵を描くと、彼女はそれを元のページに挟んでおいた。


 ヒカルは気付くだろうかと、リリカは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 それから、リリカはふと、自分が座っているベッドに段差があることに気付いた。腰かけている部分よりも枕に近い部分の方が、心なしか硬い。そして、盛り上がっている。


 そういえばと、リリカは心の中で、友人のヒマワリとマリイから聞いたことを思い出した。男子は「そういったもの」を、ベッドの下に隠すらしい。


 ベッドの下に腰を下ろして、好奇心でリリカはベッドと布団との間に手を入れてみた。なにかがコツッとリリカの爪に当たって、彼女はそれを怖いとも、面白いとも感じながら引っ張り出してみる。


「……はあ?」


 思わず、リリカは呆れて声を出していた。


 リリカの手は、『フィジカルトレーニング最強ブック』と題された筋トレの特集本を掴んでいる。念のために中身を確認してみるが、やはり筋トレに関することしか書かれていない。


(なんで隠してんの? エロ本より気持ち悪いんですけど……)


 所々ドッグイヤーがあるところをみると、ヒカルはこの本を読み込んでいるようだった。


 どうして男は体を鍛えたがるのかと、リリカは理解できず本を元の場所へ押し込む。適度な筋肉はカッコいいと思えるが、凝り性のヒカルのことだ。本当にマッチョになってしまうかもしれない。


 つまらないと呟いて、リリカは何気なくベッドの下を覗き込んでみた。


 ベッドの下の、右隅。そこにカバンが置かれているのを見つけて、リリカのテンションは跳ね上がった。


 精一杯手を伸ばして引っ張り出してみると、そのカバンは中学時代の通学バッグだった。既に使っていない筈のそれは、何故か一つも埃を被っていない。


 さてはここに隠しているなと、リリカの中の名探偵が勝利を確信している。


 ワクワクしながら、リリカはカバンのジッパーに手を掛けた。


「……え?」


 リリカは驚き、声を漏らしていた。


 カバンの中には、ゴーグルと黒いフェイスガードが入っている。


 それを手に取って眺めるうちに、リリカは桜見川中央公園で事件に巻き込まれた時のことを思い出した。


 あれ以来目撃することもなく、ニュースなどでの露出も減ったために忘れていたが、あの時リリカが目撃したハンターは、確かにこれと同じようなものを身に着けていた。


「どういうこと……?」


 手の中のゴーグルには、困惑する少女の顔が映り込んでいた。

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