4-3 月の裏側 ⑪
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二十一時五十五分。
城ヶ島と能登の二人は桜見川区のビルでの調査を終え、署に向かっていた。昼間は暖かさすら感じたのだが、日が落ちてからは冷たい風が吹き付けている。
平日の夜中だというのに、街は賑わいを見せていた。居酒屋の入っているビルの前では、大学生らしき集団が騒いでいる。
調査を行ったビルのオーナーは神経質な人間で、原因が分かるまでは気味が悪いからと現場に近づこうともしない。さらにテナントも夜の店ばかりということもあって、二人は彼らの協力を得るまでにかなりの時間を要していた。
どうやら世の中には、「公安」という言葉にアレルギーを持つ人間がいるようだ。
こういった調査こそ佐渡や国後のような人間の方が向いているのだが、実際に仕事を終えてみて、城ヶ島も能登も今回は自分たちが担当して正解だったと考えている。どんな場所にも、腕っぷしで無理を通そうとする輩がいるものだからだ。
人の多い通りを抜けて、二人は駐車場まで向かっていた。疲れもあるが、この後の調査書を仕上げる作業が面倒で、二人はそれを憂鬱に思っている。明日は朝から、苦手なデスクワークだ。
夕食を食べて帰ろうと城ヶ島が言うと、能登が笑顔を見せる。今日は人相の怖い人間を大勢見たということもあって、能登は気疲れしていた。
不意に能登が、城ヶ島の裾を掴んで引き留めた。
城ヶ島は立ち止まると、能登の指さす方へ目を凝らす。
遠くのビルの上を、なにかが移動している。二人の他には、誰もそれに気付いていないようだ。
能登は、直ぐにビルに向かって駆け始めた。
それを追いかけながら、城ヶ島は右手のスマートフォンで佐渡に一報を入れようと試みている。それは、念のための保険だった。
「能登! 離れ過ぎるな」
急いている能登に声を掛けながら、城ヶ島はビルの上を飛ぶように移動する影を見ている。どうも人のようには見えないが、鳥にしては大きすぎるようだ。
駅から少し離れたビルの上で、その影は姿を消した。
能登に外階段から屋上へ向かうように指示して、城ヶ島はビルに脚を踏み入れる。彼の胸ポケットには、スマートフォンが窮屈そうに収まっていた。電源は既に切れていたが、彼はそれに気付いていない。佐渡に宛てたメッセージは、エラーになっている。
一足先に最上階に辿り着いた能登は、施錠されていた外階段を蹴破って、内階段から屋上へと飛び出した。
寒風の吹き付ける、ビルの上。その隅で、正体不明の黒い影が蠢いている。
能登は拳を握りしめると、その影に向かっていった。
「止めろっ! 能登!」
遅れて到着した城ヶ島が、能登の名を叫ぶ。
空気が揺らめいて、光が走る。
そうして黒い影は、能登に襲い掛かった。




