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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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4-2 愛のかたまり ⑥



 同時刻。


「本当は、何色が好きなの?」


 エレベーターの扉が閉まるなりアオイにそう尋ねられ、淡路は面食らっていた。本当はというが、そもそもこれまでに好きな色を聞かれたことなど一度もない。


 二人は打合せを終えた直後で、手には資料の束とノートパソコンを抱えている。長野県で起きた事件の調査もまだ片付いていないのだが、桜見川区のビルでアナザーらしき別の事件が起きたと報告があったのだ。


 現場はビルの屋上で、なにか大きな塊が燃やされたような跡が残っていたという。二人は現場の確認を他の人間に任せて、続報があり次第動くことに決めた。アナザーという決め手が、どうにも欠けるのだ。


 アオイは淡路の表情を横目で見て、それから同じ質問を繰り返した。


「普段は、ネイビーが多いけど」


「そうですね。アオイさんもお好きでしょう? 僕もなんです」


「それは、私が好きだから合わせてるだけでしょ? そうじゃなくて。あなたは、何色が好きなの?」


 アオイは、今度はしっかりと淡路の目を見て尋ねる。


 淡路はアオイと目を合わせたまま、いつもの笑顔でそれに応えた。彼には、自分が本当に好きな色など分かる筈もない。


 「淡路」という男は、ネイビーと黒のスーツしか持っていない。シャツはホワイトだけで、ネクタイは無難な柄を数本。好きな色を尋ねられれば、「ネイビー」と答える。そういう設定なのだ。


「……ま、言わないか」


 小さく溜息を漏らして、アオイは開いたエレベーターの扉から先に廊下へ出ていく。


 淡路は慌てて、その後を追った。


 廊下の先からは、謎の音が聞こえてきている。それが能登の鼻歌だと分かったのは、二人が給湯室の前へ差し掛かった時のことだ。数時間前までコアラの威嚇のようにも聞こえていたそれは、今は南国の鳥を髣髴とさせるものに変わっていた。


 能登は狭く不便な給湯室の中で、上機嫌で作業を続けていた。恐らく彼の中では、一日がかりの作業になる予定はなかったのだろう。給湯室の隅に置かれた彼のカバンからは、手を付けられていない様子の大きな弁当箱がチラリと覗いている。


 集中するあまり、能登は時間にもアオイと淡路の姿にも気付いていないようだった。


「僕、今日は早めに出られそうです。……明日は、ようやくオフですね」


 淡路の言葉には、含みがあった。

 そうねと、アオイは短く答える。


 オフィスに入るなり、バタバタと大きな音がして二人に視線が集まった。部屋の中では佐渡、国後、城ヶ島の三人が、妙な顔をして椅子から体を浮かせている。


「……ああ、能登ね? もうすぐみたいだったけど」


 ツンとした表情を装いながら、アオイはデスクへ戻っていく。


 淡路も自分のデスクへ戻ると、早速ノートパソコンを開いて資料の纏めに取り掛かった。頭の片隅では、先程のアオイの質問が繰り返されている。


 佐渡たちは何処か落ち着かない様子で、再び椅子に腰を下ろした。彼らは今、一生懸命真顔を作ろうとして不思議な表情になっている。能登は内緒で作業しているつもりなので、チョコレートについては何も知らない体で接しなければと考えているのだ。


「東條さん。少し、いいっすか?」


 最初に仕事を思い出した佐渡が、アオイのデスクへ駆け寄った。


 佐渡は桜見川区のビルへ出掛けている調査員からの報告を読み上げ、アオイの指示を仰いでいる。まだ彼の判断で進めて問題のないフェイズだが、ビルのオーナーから再三に渡り調査依頼が来ているということもあって慎重になっているようだ。


 アオイは直ぐに、メンバーの仕事の進捗とスケジュールとを確認し始める。そこで城ヶ島が手を挙げたので、彼と能登とが現場に向かうことになった。


「……あら、能登。どうしたの?」


 アオイの声で、皆の視線が入口へ集まった。


 入り口からは能登が顔だけをヒョコッと出して、悪戯っぽい笑顔を見せている。


 国後は感情を隠しきれず、ニヤニヤする口元をなんとか抑えようとしていた。

 城ヶ島は能登に、優しい眼差しを向けている。


 能登は後ろ手になにか隠しながら、そろそろと部屋の中へ。それから彼は深呼吸すると、皆の前に大きな白い箱を出して見せた。中には可愛らしくラッピングされた、石のようなものが詰められている。


 河原でよく見るサイズ感だなと、淡路は笑顔のまま心の中で呟いた。


「なんだよ、今年も作ってくれたのか?」


 佐渡が、声を掛ける。彼は、知らないフリが旨かった。


「能登君、上手だねえ」


 国後が褒め、城ヶ島もうんうんと大きく頷いている。


 能登は大きな手で頭の後ろを掻いて、顔を赤くして照れていた。


 アオイが皆の傍へやってくると、能登は先ず一番に彼女にチョコレートを手渡す。


「能登。ありがとう。……え? 普段からお世話になっているお礼? いいのに、もう」


 アオイは目を細めて両手でそれを受け取ると、大事そうに抱えた。赤いリボンで彩られた透明な袋の中には、石のような塊がゴロゴロ入って見えた。


 順に配りながら、能登は皆に感謝の気持ちを伝えている。彼は淡路にも、同じようにしてチョコレートを手渡した。


 淡路が礼を述べると、能登は心の底から嬉しそうに笑う。


 それを見た淡路は、自分が忘れてしまった、いつの間にか無くしてしまったものを能登の中に見たように思った。


「うん。美味いぞ」


 城ヶ島がチョコレートを頬張りながら、能登を褒めている。彼の口からは、採掘場のような音が聞こえていた。


 能登はようやく空腹を思い出したようで、グウグウとお腹を鳴らしている。それを聞いて、皆は優しい顔をして笑っていた。


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