4-2 愛のかたまり ⑤
*
十五時四十五分。
「はい! これよりこの家の台所は、私が占拠します!」
エプロンを身に着けたリリカが現れて、ヒカルの前で宣言する。彼女は長い髪を高い位置でまとめて、手にはマイク付きのイヤフォンを持っていた。
「えー。僕、夕飯作りたい」
タブレットPCを片付けながらヒカルが返すと、リリカは首を横に大きく振って応える。
「いいから! 子どもはゲームでもしてなさいよ」
「ええ……。大丈夫? なに作るの? 僕、やろうか?」
「もう! いいから、あっち行ってて!」
リリカに追い立てられ、ヒカルはリビングのソファに腰を下ろす。ダイニングの向こうのキッチンでは、リリカが誰かと会話しながら作業を始めるのが見えた。
(自分の家でやればいいのに……)
ブツブツと心の中で呟きながら、ヒカルはゲームのコントローラーに手を伸ばす。
学校の課題も出ているが、ヒカルはその殆どを授業中に終わらせてしまった。以前にもオンライン授業の期間があったということもあって、在宅学習のペースにも慣れている。友人と会えないのは寂しいが、今は理由があるのだから仕方がない。
ゲームのロード画面をぼんやり眺めているうちに、ヒカルはテレビモニターの傍に置かれた卓上カレンダーに気付いた。
(あれ、今日……)
日付を見て、ヒカルはもう一度キッチンに視線を送る。
リリカは友人と相談しながら作業を進めているようで、時折首を傾げているのが見えた。
ヒカルにとって毎年二月十四日のバレンタインは、リリカがSNSにアップするためのチョコレート菓子を作る日になっていた。今年はなにも言われなかったのと、アオイの婚約話とですっかり忘れていたのだ。
今日は付き合って最初のバレンタインだと、ヒカルもようやく気付く。特別な日だと意識すると、途端に照れ臭い。
頬を緩ませながら、ヒカルの意識はゲームの世界に飛び込んでいった。しかしその耳は、キッチンから漏れてくる楽し気な声に傾けられていた。