4-2 愛のかたまり ②
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十時。
自販機で買った緑茶を手に廊下を歩いていると、淡路の目には給湯室を占領する巨大な男の姿が映った。同僚の能登だ。
能登の手元は、彼の大きな背中で完全に隠されている。彼は鼻歌を歌っているようだが、それはコアラが威嚇する時の声に似ていた。
「なんだい? あれ」
オフィスへ入るなり、淡路は隣のデスクの城ヶ島に声を掛けた。彼の親指は、もと来た廊下の方を指している。
城ヶ島は淡路の言葉を聞くと、日本人離れした大きく太い肩を揺らして笑った。仕事中だというのに、彼のスマートフォンには「リリカル☆パレード!」――通称「リリ☆パレ」のメンバーである桜ノ宮カノンのSNSが表示されている。
「始まったなあ」
「なんだよ。もう、そんな時期か?」
城ヶ島の向かいで、佐渡がメガネを持ち上げながらククッと笑う。それから彼は、デスクの引き出しからノミと木槌を取り出した。
「一年て早いよねえ。怖い、こわい。老化だよお」
淡路の向かいに座る国後も、引き出しからバーナーと一体型になったコッヘルを取り出してデスクにセットし始める。
「淡路君。能登君はさあ、チョコレート作ってくれてるんだよ」
「チョコレート? ああ。でも、大丈夫かな。給湯室、占領してるみたいだったけど」
「どうせ、東條さんが先に頭下げてるだろ。ま、年一のことだ。一課をはじめ、公安の皆様はお優しいからよ」
佐渡の皮肉を耳にして、国後が笑う。冷遇を受けている特務課のメンバーは、公安一課に対してあまりよくない感情を抱きがちだ。
「淡路君も、なにか用意しておいた方がいいよ。能登君のチョコ、かったくてさあ」
「まんま石だからな。そのまま齧れるのは、城ヶ島くらいなもんだぜ?」
佐渡の言葉を受けて、城ヶ島はニッと笑って整った歯を見せる。
淡路はいつものように、顔に笑顔を貼り付けたまま頷いた。