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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
Cell
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1-4 守りたいもの ⑤



 同時刻。

 ヒカルは噴水の傍で、数体のアナザーに囲まれている状況だった。


 犬を散歩させていた老人を助けた際、砕けたアナザーが方々へ散って、いくつかの小さなアナザーに姿を変化させていた。


 攻撃を行えば悪戯に敵を増やすだけの状況に、ヒカルは手出し出来ず防戦を強いられている。


 アナザーを惹き付けながら、周囲から人の気配が消えるまで時間を稼ぐと、ヒカルは改めて注意深くその行動を目で追った。


 池やそこから延びている側溝から、アナザーらしきものの気配をいくつも感じている。アナザーは分裂し、方々へ分かれながら、何かを探すように忙しく動き回っているようだ。


 数の割りに被害が少ないようだと気付いて、ヒカルは耳を澄ませた。公安や、警備や、消防などの音に混じって、明らかに異なる不穏な音が二つある。


 その一つが近づいているようだと察して、ヒカルは音の方角へ目を凝らした。しかし、音はすれど、姿は見えない。


 焦りが、ヒカルの目を曇らせる。


「力だけが、能ではない」


 不意に、耳元に響く声。ヒカルは、体を強張らせた。


 周囲には突風が舞い、辺りに居たアナザー達は凍り付き、そして砕け散っていく。


 ヒカルが背後に気配を感じて振り向くと、噴水を挟んで向こう側に白装束の人間が立っていた。キツネ面で顔を隠しているが、その体つきや声は少年のようだ。


「あなたは?」


 ヒカルの目は、キツネ面の持つ刀に釘付けになった。白銀のように光るそれは、初めて見る本物の日本刀だ。


「故あって、助太刀するまで」

「その刀は? さっき、アナザーを倒した技は?」

「少年。本体を突け」

「本体?」

「そうだ。アナザーには意思がある」


 ヒカルは、アナザーがなにかを探すような動きを見せていることを思い出した。


「アナザーには、すべからく意思がある。求めるものがある。それを見つけて本体を突け」

「どうして、そんなことを?」


 ヒカルはアナザーについて、幾つか中林から聞かされていることがある。だがその中に、今キツネ面から耳にしたようなことは入っていなかった。


 キツネ面は無言で刀を収めると、ヒカルに背を向ける。


 ヒカルは、キツネ面が別の場所へ意識を向けていることに気付いた。


 池の対岸から、水面を伝わる衝撃と音。


 やがてヒカルの目が、中石を飛び移ってくる黒づくめの男を捉えた。


(今度は、ガスマスク?)


 異様な出で立ちに、ヒカルは思わず構えをとる。


 ガスマスクの男は中石から飛ぶと、キツネ面の少年の直ぐ傍に降り立った。

 そうして、ガスマスクの男とキツネ面の少年とは横に並び立って、暫く互いに別の方を向いていた。


 ヒカルはその二人の様子から、言葉を交わさずとも理解し合えているような、信頼関係のようなものを感じ取る。恐らく、この二人は仲間なのだろう、と。


「消えた被害者達が心配だ。手を貸そう」


 ガスマスクの男の声はくぐもっていて、ヒカルの耳には遠く聞こえた。


「水路を通って移動を始めている以上、時間がない。市街地へ出れば手がつけられなくなる。夜が来る前に、本体を叩け」


 ガスマスクの男も、キツネ面と同じ見解を述べた。何処かに居る本体を倒さなければ、アナザーは無限に増え続ける。


「分かりました! お願いします」


 ヒカルの気合に呼応するように、彼の左腕が光を放つ。


 辺りのアナザーの対応を二人に任せると、ヒカルは真っ先にリリカの元へ向かって駆け出した。

 二人と会話するうちに、ヒカルは思い出したことがある。リリカの言葉だ。



 「人が消えたんだって。それも、若い女の子ばっかり」



 何故忘れていたのだろうと、ヒカルは自分を責めた。リリカにも、危険が迫っている。


 道すがらアナザーの攻撃を回避して、ヒカルはリリカを隠したトイレの裏手に回り込んだ。

 しかし茂みの中に、リリカの姿はなかった。


 焦りと不安とを押し込めて、ヒカルはぐっと唇を噛み占める。


 リリカの姿はなく、荷物もない。だが、争ったような跡もない。目を凝らして見つけた僅かな足跡を頼りに、ヒカルは林の中を進んだ。


 暫く行くうちにヒカルは、木の陰に蹲るリリカの姿を見つけることができた。

 リリカは顔を伏せて、膝を抱えるようにして震えている。


 声を掛けようとして、直ぐにヒカルは躊躇った。この姿を、リリカに見せる訳にはいかないからだ。

 しかしそれでも安心させてやりたいという思いが先走って、気付くとヒカルはリリカの肩に触れていた。


 リリカは体をビクつかせて、恐る恐る顔を上げる。


「誰……?」


 振り向いたリリカの目には、涙が光っていた。


「あなた……テレビに出てた、ハンター?」


 声を震わせながら、リリカは胸に手を当てる。

 その手に握られたスマートフォンが壊れていることに気が付いて、ヒカルは無言でそれを指さした。角が欠け、ガラス面が蜘蛛の巣のように割れている。


「あ……さっき、変なのに……」


 リリカはアナザーに襲われながらも、なんとか逃げ切っていた。単に運が良かったのか、或いは分裂したアナザーにはそれ程の力が無かったのかもしれない。


 ヒカルはリリカの無事を知って、体中の力が抜けていくのを覚える。先程までの強い緊張が解けて、体は怠さを感じていた。


「――ヒカル」


 不意に、リリカが呟く。

 リリカの口から自分の名が出たことで、ヒカルは頭の中が真っ白になった。


 しかしリリカは、目の前のハンターがヒカルだと気付いた訳ではなかった。彼女は壊れたスマートフォンを強く握りしめたまま、俯き涙を溢している。独り残されたことや連絡を取る手段を絶たれてしまったことが重なって、リリカの不安は大きくなっていた。


 ヒカルはリリカの様子を見るうちに、彼女が自分の名前を口にしたのは無意識なのだろうと理解する。そしてそれは、彼に力を与えた。


 これほど人前に姿を現すアナザーが、若い女ばかりを人目に付かぬように攫っている。ヒカルはその執着に、アナザー本体へ繋がるヒントが隠されているように思った。だが彼は、もはや時間をかけて謎解きしている場合でもないと思い直していた。


 リリカの肩をトンと叩くと、ヒカルは彼女に背を向けて池へ向かう。


 リリカは去り行くその後姿に、どこか懐かしさのようなものを覚えた。木々の隙間から漏れる夕日に照らされて、燃えるように赤い髪の色。それは、彼女の幼馴染と同じものだ。


 ヒカルは池へ向かいながら、ガスマスクの男が交戦している様を見た。

 ガスマスクの男のガントレットからは、バチバチと火花のような音がしている。スタンガンでも仕込んであるのかもしれない。


 さらにヒカルは、池の対岸で交戦している別の人影を見た。淡路だ。その傍ではアオイが、背中を淡路に任せて怪我をした女性を背負って運んでいる。


 皆が闘っている。これ以上は時間がないと、ヒカルは自分に言い聞かせる。


 池の前に立つと、ヒカルは右手の人差し指と中指とで、左の肩から指先までをなぞった。スーツの力を、一時的に全て解放するのだ。


 左腕は、強い光を放っている。内側からの爆発する力に堪えきれない様子で、左腕が脈を打つように幾度も撥ねる。


 ヒカルは、跳んだ。そうして池の真上で、彼は大きく腕を振りかぶった。

 半端に砕けば、敵が増える。本体を探している時間も惜しい。


(だったら、全部まとめて、跡形もなく消すだけだ!)


 火の塊のようなヒカルの腕が、まっすぐに池に向かって突き刺さった。

 辺り一面を、光が包む。

 周囲からは音が消え、立っていられないような揺れで、誰もがその場に蹲った。


「――無茶苦茶だ」


 ガスマスクの男は、顔の脇をすり抜けようとしたアナザーの塊を裏拳で砕いた。それはヒカルの一撃を免れた、二つのうちの一つだった。


「我らを当てにしたな」


 残りの一つを切り捨てて、キツネ面の少年が呆れたように笑う。


 やがて地響きが止まり、揺れも治まっていく。


 土埃が晴れ、周囲に視界が戻った時――そこに、池はなくなっていた。


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