3-10 STOP! ②
*
同時刻。
「つーかーれーたーっ!」
声を上げながら、リリカはソファに倒れ込んだ。傍にはスキー合宿の荷物と、土産の入った袋が放り出されている。
ヒカルはリビングの窓を開けて換気すると、キッチンへお茶を取りに向かった。長く留守にしていたわけではないのだが、やはり家は安心する。
麦茶の入ったグラスを二つ手にして、ヒカルはリビングへ戻った。
「アオ姉と淡路さん、明日の朝だって」
「じゃあ、今日は向こうで泊まり? アオ姉、可哀そう。あんなの、絶対大変じゃない」
グラスを受け取って、リリカはスマートフォンを眺める。画面ではニュースキャスターと様々な専門家が、長野のスキー場で起きた事件について意見を交わしていた。
コアトリクエという名で活動していた作曲家と、そのファンの失踪事件。
大勢の人間がほぼ同時に気を失い、その間の記憶を覚えていない集団記憶喪失。
そして、山が抉れるほどの大爆発――。
「……で、全く記憶にないっていう」
リリカは心底不思議そうに、首を傾げている。友人たちと楽しくおしゃべりしていたはずが、気付くといつの間にか朝になっていた。そればかりか、その間の記憶が全くないのだ。
山の形の変化は相当なもので、それだけの爆発が起きていながら誰も気付かなかったとは、到底考えられることではない。しかし事実として、朝が来るまで誰もそれに気付かなかったのだ。
「雪崩も起きてたんだって! こっわ~。合宿中じゃなくて良かったあ」
リリカに同意して、ヒカルは頷く。彼は雪崩に巻き込まれた時のことを思い出して、掌には薄らと汗を掻いている。あんな思いは、もう二度と御免だ。
ニュースキャスターは爆発の原因を、火山性のガスが原因ではないかと伝えている。これから現地の調査が入るが、明日からはまた天気が崩れる予報のようで非常に難航しそうだ、とも。
ヒカルは、コアトリクエが掘り出されるのではと不安に思った。しかし自分が掘った穴の深さを考えて、その可能性は低いだろうと考え直す。
ヒカルには、スキー場の関係者には悪いことをしてしまったと思う反面、人助けのために仕方がなかったのだと思う気持ちもある。少なくともあの時、他の解決方法を思いつくことが出来なかったのだ。
あの二人なら、他の方法でアナザーを倒したのだろうか――。ヒカルは、キツネとインドラのことを思い出す。雪山で見た二人は、核の力を使いこなしコアトリクエを圧倒していた。
今以上に強いアナザーが現れた時、自分は勝つことが出来るのだろうか。
キツネやインドラと闘う時がやってきた時、自分はあの二人に勝てるのだろうか。
本当に、あの二人とは共闘していけないのだろうか――。
いくら考えてみても、今のヒカルには答えが出せそうにない。
顔を上げて、ヒカルはふと、リリカがウトウトしていることに気付いた。家について安心したのか、急に眠くなったようだ。
「家に戻る? 布団、出そうか?」
ヒカルが泊っていくかと尋ねたが、リリカは既に半分夢の中にいて応えない。
アオイのベッドを借りようと考えて、ヒカルはリビングの隣の部屋の戸に手を掛ける。しかし直ぐに、部屋に入るなと言い付けられていることを思い出した。
(そういえば、模様替え中とかなんとか言ってたっけ)
絶対に入らないようにと何度も念押しする姉の姿を思い出して、ヒカルはそれを可笑しく思った。彼は、アオイが汚れた部屋を見られたくないのだろうと考えている。勿論彼は、姉の部屋のベッドに淡路が拘束されていたことは知る由もない。
ヒカルは自室へ戻って毛布を取ってくると、それをリリカに掛けてやった。自分のベッドに運んでもよかったが、途中で起してしまうのは可哀そうに思った。
リビングの窓を閉めて、明かりを落とす。リリカは真っ暗だと怖がるので、ヒカルは忘れずに壁際の間接照明を点けてやる。
部屋が暗くなると、不思議とヒカルも眠気を覚えた。アナザーと闘った後、しばらくの間は体中が怠い。明日、明後日が休校でよかったと、ヒカルは心の中で呟く。
目の前ではリリカが、スヤスヤと寝息を立てている。
(よかった。帰ってこられた……)
寝顔を眺めるうち、ヒカルはリリカにキスしていた。
それからヒカルは立ち上がると、自室へ向かう。アオイと淡路も無事に戻ってくることを祈りながら、彼は抗えない眠気で自分のベッドの上に倒れた。
同じ頃。リビングではリリカが、顔を真っ赤にして唇を手で押さえていた。