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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-10 STOP! ①

十、STOP!



 二〇×二年 二月 五日 土曜日


 二十一時五十分。


 北上と南城は、荷物を抱えて電車に乗っていた。生徒や同僚とは東京駅で解散し、運よく空いた座席に腰を落ち着けて、二人は地下鉄の無機質な窓の向こうを眺めている。


 疲れたと、南城が呟く。

 そうだなと、北上も応える。


 スキー合宿は、中止となっていた。アナザーとの戦闘によりスキー場はボロボロの状態で、イベント会場の設備は粉々になっていた。今日は朝から、警察や消防、救急の人間が忙しく動き回っていたのを二人は覚えている。


 今日は生徒全員の健康確認のために一日が潰れ、教員たちは学校や生徒の保護者への対応に追われていた。本来の予定では明日までが合宿で明後日は代休なのだが、二人は関連する業務のために両日とも出勤することが決まっている。


 忙殺されそうな二人の唯一の救いは、誰一人として被害がなかったことだ。生徒は怪我一つなく、風邪もひかず、迎えに来た保護者と共に元気に家へ帰っていった。


「疲れたな……。でも、土産が買えてよかった」


 南城は、家に向けて送った段ボールの中身を思い浮かべている。彼女はホテルを出る間際に、大急ぎで梱包と発送手続きとを済ませていた。その中には、東條アオイへの土産も含まれている。


(先輩も、もうお帰りの頃だろうか……)


 南城の脳裏には、アオイの姿が浮かんだ。


 南城はあの闘いの後、残されていた力を使ってアオイを探し出していた。


 風邪を召していなければいいがと、南城は心の中で呟く。彼女は発見したアオイの傍に別の人間の気配があった――そしてそれは淡路だろうと予想出来た――ために、ホテルに連れ帰ることは断念したのだ。


 仕方なく先にホテルに戻った南城だが、休むことが出来たのは陽が登る頃になってからだった。彼女は自分の張った結界にアオイが触れたことに気付いて、それからようやく安心することが出来たのだ。


「南城。このまま、ミカンを迎えに行ってもいいか? 夜分遅くに、申し訳ないが」


 北上が尋ねると、南城は頷いて応えた。家には、既に連絡を入れてあるという。


 不意に胸元のポケットに振動を覚えて、北上はスマートフォンを確認する。相手は淡路で、そこには日付や場所などが簡単に記されていた。情報交換をするために、彼は日時を指定してきたのだ。


(面倒なことになったな……)


 「了解」と短く返信して、北上はスマートフォンをしまい込む。


 不本意ながら、北上は淡路と手を組むことを決めた。あの場では、それ以外の選択肢はなかったからだ。


 北上はあの時、淡路と手を組むことを了承する代わりに、彼に二つの条件を飲ませている。それは北上にとって、ささやかな日常を守るために必要なものだった。


「お腹、空いた」


 南城が、呟く。

 北上も、昼からなにも食べていないことを思い出した。


「お腹空いたけど……でも、疲れていて食べる気にはならないな」


 そうだなと、北上も頷く。


「ああ、でも、あれなら食べられる。かき氷にフルーツが沢山載ったやつ。ほら、あの……名前が思い出せないけど。コンビニとかにあるだろ」


「俺も、酒とスルメなら食える」


 電車が停まって、開いたドアから数人が降りて行った。


 珍しく乗り込む者もなく、再びドアが閉まって電車は動き出す。


 北上と南城とは、前方の窓越しに目を合わせた。それから同時に、互いの方を向き合う。


 どちらからでもなく、二人は同時に笑った。お互いにいい歳をした大人が、こんな時にかき氷やスルメを食べたがっていることが、今の二人には何故か可笑しく思えている。


 コンビニに寄って帰ろうと、南城は言った。


 そうだなと、北上も頷いた。



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