1-4 守りたいもの ④
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後方から聞こえてきた断末魔に、アオイは思わず身を竦めた。それが部下のものでないことに感謝して、アオイは再び前を向く。
恐怖心が無い訳ではなかった。だがそれ以上に、使命感がアオイの脚を動かしている。
アオイの脳裏には、泣いている子供の姿が思い浮かぶ。それはかつての、ヒカルの姿だ。
記憶の中。両手を広げて、アオイは泣きじゃくるヒカルを抱きしめた。掛ける言葉も見つからず、どうしたら良いかも分からず、ひたすら抱きしめ続けた。するとヒカルは泣き止んで、屈託のない笑顔をアオイに向けてくれた。
(――守るから)
アオイはかつて、ヒカルの笑顔によって、自分の存在が許されたように思った。暗がりに存在していた自分の人生に、光が差すのを確かに感じたのだ。その日から、アオイはヒカルを守ることを自身の使命として課したのだった。
前方で蹲る男を見つけて、アオイは駆け寄る。
男はランニングの途中、アナザーに驚いた弾みで脚を捻ってしまい、動けなくなっていたのだった。
無線で部下の一人に迎えを寄こすように指示を下すと、アオイは男を支えて林の中を進む。池からは離れているのだが、背中には奇妙な緊張感がベッタリと張り付いている。
拭いきれない嫌な予感に、アオイは鼓動が早まっていくのを感じていた。
再び遠くから、アナザーの断末魔。淡路のいた方向とは、随分離れている。池の対岸だ。
一体、何体いるのだろう――? 男を支えるアオイの手に、思わず力が入った。
「あ、ああ……」
肩にもたれ掛かる男のうめき声で、アオイは異変を察した。
少し離れた遊歩道の側溝の蓋が噴水のように持ち上がり、その下に黒い影が蛇のようにとぐろを巻いている。
「池の水を介して、アナザーが移動を開始。状況確認、急いで!」
アオイが無線で指示を飛ばすや否や、遊歩道から林の二人に向かってアナザーが飛び掛かった。
アオイは男に逃げるように告げながら、アナザーとの間に立ちふさがった。
見開いたままの目。
風と共に、視界に映り込む花吹雪。
状況を飲み込めず、アオイは一度だけ、ゆっくりと瞬きした。
アオイが目を開いた時、アナザーは、砕け散っていた。無数に砕かれたその体の一粒一粒が光を反射させて、桜吹雪のような光景を見せ、傾きかけた陽光の中に解けていく。そしてその中に、キツネ面をした白装束の人間が立っていた。
手にしていた眩く光る刀を脇に収めると、キツネ面の人間はアオイの方へ顔を傾ける。
「……ハンターなの?」
アオイの言葉は、確信に満ちていた。近隣の市区町村で確認されたという噂だけの存在が、本当に存在していたとは――。
キツネ面のハンターは、型通りの美しい所作で頭を下げた。肩で切りそろえられた白髪が、サラリと風に揺れている。
空中でピタリと止めた頭はブレることなく、指の先まで揃えられたその美しい姿に、アオイは思わず息を飲む。それは、幻想的な光景だった。
アオイが圧倒される間に、キツネ面のハンターは地を強く蹴って飛び上がる。
「待って!」
アオイが慌てて追いかけようとした時、後ろから自分を呼ぶ声がして、彼女は脚を捻っている男の存在を思い出した。ケガ人を、ここに置いては行けない。
男の肩を支えて立ち上がらせると、アオイは再び林の中を歩き始める。彼女の脳裏には、先程目にした桜吹雪のような光景が焼きついたままだった。