3-9 unmask ⑦
*
同時刻。
ヘカトンケイル――ヒカルは高く跳び上がると、コアトリクエの頭上で拳を振り下ろした。彼は二つの頭を狙っていたが、拳は肩に巻きついた蛇に阻まれてしまう。
「無駄だ、ハンター! 我々は、コアトリクエは死なない!」
少し離れた林の入り口に立って、相馬が高笑いしている。彼はヒカルとコアトリクエとの闘いを眺めながら、無線で中林に幾度も呼びかけていた。それは助けを求めるためではなく、コアトリクエの勇姿を伝えるためである。
コアトリクエはその場に立ったまま、腕や頭を左右に振って、ヒカルの攻撃に反応を示している。体に取り付けられた生首という生首は口を動かして、同じ歌を口ずさんでいた。
ヒカルは背後へ回ると、左肩の蛇を荒々しく引きちぎる。すると腰につけられた生首が、まるで人のような悲鳴を上げた。
(ダメだ、また再生する……!)
コアトリクエの周囲を絶えず移動しながら、ヒカルはその体を注意深く観察していた。
引き千切った筈のコアトリクエの左肩はモコモコと盛り上がり、徐々に元の形へと戻りつつある。先程から攻撃を繰り返しているが、その度にコアトリクエは再生しているのだ。
(再生するより早く、全体に攻撃を加える)
ヒカルは右手の二本の指で、左腕の指の先から肩までをなぞった。そして左腕が光を放ち始めると、ヒカルはコアトリクエの正面に飛び込む。
その時、コアトリクエの足が、雪に取られて前方へと大きく沈み込んだ。
「――馬鹿者が」
耳に届く、キツネの声。
ヒカルは左の脇腹を蹴飛ばされ、そのまま林の方へ吹き飛ばされた。
木に激突する間際に体を捻って、ヒカルは地面を転がる。地響きを耳にして跳び起きると、彼の目には地面に倒れ込むコアトリクエと宙に逃れるキツネの姿とが映った。
助けられたのだと、ヒカルは咄嗟に理解する。キツネが来ていなければ、ヒカルはコアトリクエの下敷きになっていただろう。
「なにをしている! 起き上がれ!」
相馬が、声を張り上げた。彼は、キツネが現れたことで焦りを覚えている。
ヒカルはその脇を抜けて、再びコアトリクエの方へ飛び出した。
「あの、ありがとうございます!」
ヒカルの視線の先で、キツネがコアトリクエの体を避けて雪上に舞い降りる。
「黙れ」
キツネは、ヒカルを見ようとしない。彼女自身、彼を助けるつもりはなかったので、自分の行動をうまく受け止められずにいる。
コアトリクエが腕を雪に突き刺すようにして、その巨体を持ち上げていく。
しかし体を起そうとしたコアトリクエの膝を、キツネの斬撃が襲った。バランスを崩したコアトリクエは、再び地響きを立てながら地面に崩れていく。
間髪入れずに、キツネは跳び上がり刀を振るった。その切っ先は頭を狙っていたが、寸での所で彼女は刀を止め、離れた場所へ着地する。キツネは、斬ろうとした頭が人間のものであることに、そしてそれがまだ生きていることに気付いたのだ。
一体、何人の人間がこの生物を造り上げているのだろうか。キツネはコアトリクエの体から感じる人の気配が、一人や二人ではないことに恐怖を覚える。
一方ヒカルは、キツネが攻撃を止めた理由を理解出来てはいなかった。彼はコアトリクエを、もう人間とは考えていないからだ。
歌は、絶えず聞こえ続けている。
(あの男が林に居たということは……恐らく、先輩も既に移動している。直に、インドラも追いつくはず)
淡路の姿を思い出しながら、キツネは刀を構えた。一刻も早くアナザーを倒し、核を手に入れるのだ。
「歌を止める方法……」
キツネの呟くような問いかけを、ヒカルは拾っていた。それは確かに、彼も求めていることだった。
キツネが、刀を振るう。すると一時の間を置いて、離れた所でズズッと大きな音が起きた。傍の林の中では木が倒れ、その裏に隠れていた相馬が尻もちをついている。
「う、歌は……歌は止まない! 我々は、死なない! 同士よ!」
相馬は、コアトリクエの名を叫んだ。
脚を再生させて、コアトリクエは立ち上がる。
ヒカルは、コアトリクエに対して構えを取った。彼は今、コアトリクエを倒すことだけを考えている。
コアトリクエの纏っていた蛇が、一斉にキツネへと向かった。
だがキツネに、蛇の牙は届かない。彼女の周りを薄い膜のようなものが覆っていて、それが牙の攻撃を防いでいる。
(水の核の力……?)
キツネの体を包むそれは、アドベンチャーニューワールドで闘ったあの女のものと同じだった。
「砕け散れ」
蛇は瞬時に凍り付き、それらはキツネの言葉と同時に砕けて宙に舞った。
キツネが、ヘカトンケイルの名を呼ぶ。
「片を付けるぞ。足手纏いになるようならば、殺す」
二人の目の前では、コアトリクエが再生を始めている。
元気よく返事すると、ヒカルはコアトリクエに向かって飛び出した。