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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-9 unmask ④



 同時刻。


 必死に藻掻いて雪の中から這い出ると、ヘカトンケイル――ヒカルは四つん這いになり、肩を大きく上下させて呼吸を繰り返した。雪の中で上下左右の感覚を失った彼は、運よく地表に這い出た後もなお頭を混乱させている。


 全ては、一瞬のことだった。巨大なアナザーが出現し、インドラが逃げろと叫んだ後、気付いた時には雪に飲み込まれていたのだ。


 ヒカルは呼吸を整えながら辺りを見回すが、キツネやインドラの姿は無かった。目視できるリフトやイベント会場、ホテルまでの距離から、彼は自分がコースの下まで流されていることに気付く。


 地響きは、止んでいた。しかし、奇妙な歌は尚も聴こえ続けている。


 ヒカルは深呼吸して自分を落ち着けると、歌の聴こえてくる方へ向かって移動し始めた。途中、なぎ倒された木々を目にして、ヒカルは冷や汗を掻く。運が悪ければ、自分は本当に死んでいたかもしれない。


 時間を掛ける訳にはいかないと、ヒカルは焦りを覚えていた。ホテルだけではなく、スキー場内にも人が倒れている。リリカについては中林から無事だと聞かされているが、直接自分の目で確かめた訳ではない。


 歌が原因の一つであることは確かだが、それを止めるだけで本当に人々が目覚めるかどうかは分からない。ヒカルは電話で耳にした中林の口調に、若干の迷いがあるのを感じ取っていた。


 キツネとインドラが居ることはヒカルの予想外だったが、彼はそれを心強くも感じている。万が一自分になにかが起きても、あの二人ならアナザーを狩ることが出来るかもしれないからだ。


(先生。僕は、やっぱり……)


 一度は中林の意見に同意したヒカルだが、やはりインドラとキツネの同士討ちを狙うことは出来ないように思えた。勿論、彼は、あの二人を狩ることも考えていない。どうにかして共闘していくことが出来ないか、ヒカルは中林とは別の道を探り始めている。


 音が大きくなるにつれ、ヒカルの目にはアナザーの姿がハッキリと映るようになっていた。歌は、アナザーから聴こえている。


 足が、止まった。ヒカルは、自分の体が意思に反して動きを止めたことに気付いていない。彼の目は、アナザーに釘付けになっている。


 そのアナザーは、これまで見てきたどれよりも血の臭いを纏っていた。


 雪に埋まりそうな両脚の上に、無数の蛇がとぐろを巻いている。それはスカートのように下半身を覆っていて、腰の辺りにはベルトのように大蛇が巻きつけられていた。


 頭は、一つではなかった。人間の頭が二つ、向き合う様に肩の上に乗せられている。両肩には蛇が巻きついていて、その蛇の体の上を伝って血が滴り落ちていた。


 ヒカルは、息を呑む。


 ナイター用の電灯が、アナザーの姿を嫌という程に照らしている。


 アナザーの首には、大仰なネックレスが掛けられていた。それは人間の頭と、手首と、赤黒い拳大の固まりとで作られている。その塊の正体が人の臓器であると察して、ヒカルは吐き気を覚えた。拳大の塊は、ドクドクと規則正しく脈打っている。


 無意識に、ヒカルは胸に手を押し当てていた。それと同じものが、目の前のアナザーの装飾具と化しているのだ。


「――これが、コアトリクエだ。ハンター!」


 声のする方へ、ヒカルは視線を送る。


 アナザーの足元からは、相馬が姿を現した。彼の鼻は噛み終えた後のガムのようにぐちゃぐちゃになっていて、それは顔の真ん中でモゾモゾと蠢いている。彼の鼻は、元の姿に戻ろうとしているのだった。


「コアトリクエ――アステカの神の名だ。生と死、そして再生の女神。ありとあらゆる生き物の生肉を食する。子宮であり、墓場。……このネックレスが見えるか? 太陽を養うためには、人の血と生贄とが必要だと表現している」


 熱っぽい口調で、相馬は早口に捲し立てている。


「頂いた輝く石と、あの方の血により、我々はここに神を召喚した! 同士一同、我々はコアトリクエと共にある。神と同化する……この喜びが理解出来るか?」


 ヒカルには、相馬がなにを言っているのか、彼の言葉の半分も理解出来ていなかった。彼に分かるのは、ただ、相馬が狂っていることだけだ。


 コアトリクエと呼ばれるアナザーの体に取り付けられた全てのものは、まるで生きているように動き続けていた。それは蛇だけでなく、人間についても同じである。切断されて取り付けられた生首の口は滑らかに動いて、それらが歌を口ずさんでいた。


 相馬の口にした「輝く石」という単語は、核のことだろう。「あの方」という言葉には引っかかるものを覚えたが、ヒカルにそれ以上考えている余裕はなかった。


「その状態でも、みんな生きている……? 人では、ないんですか?」


 ヒカルの声は、彼が思うより低く沈んでいた。


 相馬は、口の端を持ち上げて笑った。


「人をして、人を捨てた。我々は高次元の存在へと、歌と共に愛を届ける。今日を境に、人類は飛躍的な進化を遂げるのだ……!」


「……そうですか」


 冷めた様子で、ヒカルは呟く。そうして彼は、構えをとった。


 人でないならと、ヒカルは決意し拳を握り込む。


「僕が、狩ります。コアトリクエ」


 ヒカルの言葉に、相馬は歪んだ笑顔で応えた。



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