3-8 愛のメロディー ⑦
*
同時刻。
床に倒れたクラスメイトたちの中で、ヒカルは一人、状況を飲み込めず混乱していた。枕投げをしていたところを北上に一喝され、ほんの数分前までは皆で部屋の中を片付けていた筈だ。
しかしヒカルがトイレに立って戻ってきた時、友人たちは倒れていて、北上の姿は消えていた。
「おい、山田! 長山君? 伊藤。山代……!」
順に肩を揺らして声を掛けるが、誰もヒカルには応えない。彼らは、気を失っているようだ。
アナザーという言葉が頭に浮かんで、ヒカルは無我夢中で部屋を飛び出した。廊下には数人の生徒が倒れていて、それは階段にも続いている。
ヒカルは、リリカの泊っている四階へ向かって階段を駆け上がった。四階の廊下に生徒の姿はなく、どこもシンと静まり返っている。
四一八号室の前まで来ると、ヒカルはドアを乱暴にノックした。しかし、返事はない。全身に嫌な汗を掻くのを覚えて、ヒカルは無我夢中で再びドアを叩く。
コトリと、遠くから音がした。
階段の方だと気付いて、ヒカルはリリカの部屋から離れ、階段へ向かう。
四階と三階の踊り場で、なにか黒い影が動くのが見えた。
「先生? 誰かいますか? あの、誰か……!」
ポンと、ヒカルは後ろから右肩を叩かれた。そうして振り向こうとした時、ヒカルの頭には強い衝撃が走る。誰かに、殴られたのだ。自分は気を失うのだと、ヒカルは妙に冷静に自分のことを捉えていた。
「――動ける者が居たのか」
どさりと床に崩れたヒカルの傍には、ガスマスクで顔を隠してインドラの姿になった北上がいた。
北上は黒いスラックスに同色のベストの上から、グレーのオーバーコートを纏っている。それは先日ガスマスクを調達した店でついでに購入した軍の放出品で、フロントはダブルに仕立てられていた。両手には、いつものガントレットが鈍い光を放っている。
北上はヒカルを肩に担いで三階に戻ると、寝ている彼を部屋の扉の前に座らせてやった。
数分前。謎の音が聞こえてきた直後、北上は自分以外の人間が倒れていることに気付いた。アナザーの仕業だと直感した彼は、直ぐに部屋へ戻ってマスクを着けて出てきたのだ。
(東條は、音の聞こえにくい場所に居たのかもしれない)
生徒の頭に怪我が無いことを確認すると、北上は廊下の先の窓へ向かう。
音は尚も届いているが、明らかに様子がおかしい。音以外には、誰の声も聞こえないのだ。
(こんな場所でも、アナザー狩りとは……)
ガラリと窓を開くと、北上は落下防止用の柵を蹴破って三階から飛び降りた。