3-8 愛のメロディー ⑤
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十九時五十五分。
イベント会場、ステージ裏。
一人の男に声を掛けられて、相馬タカシは被っていた布の仮面を持ち上げた。彼の前には、天文サークルのメンバーが立っている。
相馬はその男を傍へ呼び寄せると、その手に小さなアンプルの詰まったカバンを手渡した。それは、彼が中林から受け取ったものだ。
男は相馬に軽く頭を下げて、カバンを手に客席の方へ消えていく。ステージ前には既にサークルメンバーが全員揃っていて、彼らはコアトリクエの音楽を生で耳にするためにこの場所に集まっていた。高柳も、その中にある。
サークルメンバーの傍には、コアトリクエの歌を聴いて真理に目覚めたという若者の姿もあった。彼はバイオリニストで、相馬の音楽にいたく感銘を受けたのだという。
再び布の仮面を被ると、相馬は山の頂上へ目を向ける。今、そこには中林が居て、彼は相馬の音楽を山の頂から鑑賞することになっていた。
相馬がこの地を選んだのは、ここが彼らにとって聖地だからだ。そしてこの場所は、十年以上前の大地震の際、震源とされた場所でもある。
相馬はアンプルの瓶を手に、その上部を軽く指で弾いた。それから彼は上部を指で摘まんでクビレの位置で折ると、その中身を口へ含む。
体は、直ぐに反応した。体を溶かすような熱い液体が、ドロリドロリと喉を降りていく。それに合わせて脈拍が上がり、呼吸は喘ぐように荒くなる。体中の細胞が沸き立つように、彼の体は熱を発しだす。
相馬は、笑った。
MCが、コアトリクエを呼んでいる。
そうして相馬は、ステージへと上がった。
「――みなさん」
ステージ上に築かれたシンセサイザーの城の中で、相馬は観客に、正しくは彼の同士に向けて声を掛ける。
同士たちはの呼吸は、相馬と同じように喘いでいた。彼らの中には顔を手で覆って、頭を強く振っている者もいる。それはなにかの兆候で、相馬には吉兆とも思えた。
相馬の予想通り、観客の中にはメディアと思われるカメラ班の姿があった。さらに大学生らしき若者たちが、スマートフォンで相馬の姿を録画している。彼らによって、コアトリクエの音楽は離れた場所にも運ばれていくのだ。
「星に、祈りを――」
相馬は右手を上げて、それを合図に音楽が流れ出す。
最初の三音。そしてすぐに、流れ出す星々の音――。