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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-8 愛のメロディー ②



 同時刻。

 ホテルの三階。階段からほど近い、三一五号室。


 三つのベッドが置かれた部屋の隅には補助のベッドが設置され、四人部屋として使用できるようになっている。そんな部屋の中には今、総勢二十名の男子がギチギチに身を寄せて集まっていた。


「なー。これいつ始まんの?」


「すげえよ。もう二十分、蕎麦打ってんじゃん」


「オレ、蕎麦食いたい」


 クラスメイトが持ち込んだタブレットPCの前で団子になって、十五人ほどの男子がアダルト動画を鑑賞している。それ以外の男子は、一名が風呂で、他は隅に寄せたベッドの上で毛布に包まって眠っていた。


 ヒカルは動画鑑賞中の集団の中に居て、彼は山田に小突かれながら職人がひたすら蕎麦を打つ様子を眺めている。隣では長山が、形容しがたい表情で笑いを堪えていた。


 動画は、柔道部の藤沢が紹介したものだ。当初はサッカー部の山代が発見したグラビアアイドルの画像を確認する予定だったのだが、いつの間にやら、アダルト動画を鑑賞することになっていた。


 「エロくて変な動画」という題でそれぞれがお勧めを出し合うこととなり、プレゼンで最後に残った藤沢の案が起用された――のだが、その動画が皆の想像の斜め上をいく「変な動画」だったため、部屋にはなんとも言えない空気が漂っている。


 日中はしゃいで疲れていた藤沢はさっさと毛布に包まってしまい、今はスヤスヤと夢の中だ。そのため皆は悶々とした気持ちをぶつける先がないまま、もうかれこれ二十分は、蕎麦職人が手足を縛られた女性の前で修行する謎の動画を見続けている。


「な~。もう、飛ばそうよ~」


「いや、オレ無理だわ。飛ばすと分かんない」


「ストーリー必要?」


「待て。コレ、あと二時間ある……」


 誰一人として別の動画にしようと言わないことがツボにはまって、長山は吹き出すのを堪えている。


 その隣でヒカルは、こっそりスマートフォンをチェックしていた。リリカから連絡はきていない。ヒカルはあの後メッセージを送ろうと試みたが、なにを言えばよいか分からぬまま何も出来ずにいた。そうして彼は、画面の中で淡々と出来上がる蕎麦を眺めている。


「あー。俺、蕎麦食いたい」


 腹が減ったと山田が言うと、前の方で鑑賞していた山代が大きく頷いた。夕食からまだ二時間程しか経っていないが、彼らのうちの何人かは既に小腹が空き始めている。


「そういやあ……兄ちゃんが、なんか温泉経営するヤツ観てたな~」


「経営? なにすんの?」


「謎のサービスを生み出す」


「あー。要らん事するやつだ」


「そうそう。あと、直ぐ脱ぐの。浴衣。メガネも外す」


「は? 無いわ」


「ね。マジだめ。許されない」


 山田と山代の会話を遠くに聞きながら、ヒカルも空腹を覚え始めている。普段よりも夕飯の時間が早かったからか、このままだと空腹で朝早く目が覚めそうだ。


 そういえばと、クラスメイトの一人が口を開いた。


「鉄仮面と南城ちゃんさあ、なんか仲良くなってなかった……?」


「あ! 俺も見た!」


 がばっと身を翻して、山田が食いつく。山田少年は以前、北上と南城との交際に関する噂話をしていたことがある。


 ヒカルはクラスメイトのいう「南城ちゃん」という呼び方に違和感を覚えて苦笑いした。彼女をそんな風に呼ぶのは、学校でもほんの一握りだ。勿論彼らは、本人の前では決してそれを口にはしないが。


「北上先生と南城先生、スキーで勝負していたそうだよ。北上先生が勝ったって、増田先生が言っていたのを聞いた」


 長山の言葉に、皆は意外そうな顔をする。北上がそういった勝負事をするタイプには見えないし、南城の運動神経の良さは皆が知るところだからだ。


 皆は直ぐに、二人が一体なにをかけて勝負をしていたのか考え始めた。単に勝負をしていただけというヒカルの意見は、早々に却下されている。


「武道場の使用権はどうかな?」


 長山の意見に、皆は納得した様子でうんうんと頷く。


 北上が顧問を務める空手部と南城が顧問を務める剣道部は、同じ武道場で活動している。一方が武道場に居る時、もう一方は走り込みや校庭の隅で練習を行っているのだ。長山によれば、どちらの部活も三月に大会を控えているのだという。


「っぽいな~。いきなり正解っぽいな~。でも俺は、もっとラブ寄りのやつが聞きたい」


 山田の言葉で、皆は笑う。


「……俺、鉄仮面のキス顔は想像出来ないなあ。それこそ、蕎麦打つタイプだろ?」


 山代がポツリと呟くと、長山が耐えきれず吹き出した。それにつられて、ヒカルも笑う。


 北上は何歳だろうかという話題になったが、誰も彼の本当の年齢を知らなかった。続けて南城の歳の話になるが、それも皆は、彼女が二十代だろうということしか分からない。


 一回りほど歳の差があるだろうと結論付けて、それから皆は急に沈黙した。目の前の小さな画面の中で、ようやく蕎麦打ち作業が一段落着いたのだ。


 しかし画面の中の蕎麦職人は、打ち立ての蕎麦を鍋の中へ――。


「これさあ……もう本当はエロいんじゃねえ?」


「つまりは、我々の理解力の問題……ということかな?」


「なるほど。蕎麦はエロスのメタファー」


「蕎麦打ちは求愛行動だった……?」


 困惑した一部のクラスメイトが新たなステージへ到達しようとするのを遠目に、ヒカルは再びスマートフォンを確認する。やはり、リリカからの連絡は着ていない。


 一言でも連絡してみようかと、ヒカルは絵文字やスタンプの履歴をスクロールしてみる。画面には様々な感情を示すものが表示されているのに、今の気持ちを表すものは見つからない。


 腹が減ったと、山田がゴロリと横になった。


 山田の腕がヒカルの肘にあたって、ヒカルの親指は画面をタップする。完全な不可抗力でリリカに送信されてしまったスタンプは、兵隊の恰好をした有名な映画のマスコットが「だいすき」とハートを投げていた。


 直ぐに送信を取り消そうとして、しかしヒカルは思いとどまる。


 するとリリカから、二秒と待たずに返信が届いた。画面の中ではデフォルメされたキツネのキャラクターが、大きなハートを胸の前で愛おしそうに抱きしめている。


 にやけそうな自分を抑えながら顔を上げて、ヒカルはぎょっとした。蕎麦職人を眺めていたはずのクラスメイトの視線が、自分に集まっている。


「東條。お前……彼女と連絡してたろ……?」


 ヒカルは、背中に嫌な汗を掻く。


「この裏切り者が! 彼女持ちだからって、余裕みせてんじゃねえぞ!」


「蕎麦観ろや!」


 そうだそうだと喚きたてられ、ヒカルは何処からともなくクッションを投げつけられた。 ヒカルが直ぐに投げ返すと、山田が寝ていたクラスメイトから枕を奪って彼に手渡す。ヒカルは、それもクラスメイトへ投げる。


 そうこうするうちに、気付くと彼らは自然と二つのチームに分かれて投げ合いを始めていた。数人のクラスメイトが自室に戻って枕を調達してきたので、勢いは更に増していく。


 長山が毛布でバリケードを作り、その後ろから山田が枕を投げている。


 先に就寝していたクラスメイト達は、物音を気にせずグウグウと寝ている。一人だけ起き上がった者が居たが、彼は寝惚けていて状況を飲み込めず、直ぐに夢の中へ戻っていった。


 バルコニーにはタブレットPCを手にした四人の生徒が避難し、引き続き根気強く蕎麦職人を眺めている。画面の中では、職人が蕎麦を試食し頭を抱えていた。どうやら、求める味にはまだ遠いようだ。


 窓の外からは、イベント会場の音楽が届いている。アコースティックギターの演奏は最高潮に達し、観客は歓声を上げていた。


 そうして一年B組の男子は、賑やかな夜を過ごしていた。


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