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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-8 愛のメロディー ①

愛のメロディー


 二〇×二年 二月 四日 金曜日

 

「男って、本っ当に最低!」


 ベッドの上でマリイに髪を結われながら、リリカが声を荒らげる。


 リリカ、ヒマワリ、マリイの三人はシングルベッド二つで即席のダブルベッドを作って、その上でくつろいでいた。


 スキー場に面した窓からは、イベント会場の音楽が漏れ聞こえている。今はアコースティックギターの演奏が行われていたが、三人はそのアーティストに興味がない。


「ま、東條君も男の子だしねぇ。仕方ないんじゃないの?」


 持ってきたチョコを口に運びながら、ヒマワリはスマートフォンでお気に入りのプレイリストから今の気分に合う曲を探している。雪山には、ロマンチックな曲がいい。


「ん~。私は~、どっちの気持ちも分かるかなぁ。でも、えっちは結婚してから~って、ママも言ってたし~」


「あんた、ママとそんな会話してるの……?」


 驚くヒマワリに、マリイは頷いて応える。


 二人の会話を聞きながら、リリカもヒマワリから貰ったチョコを一つ口に運んだ。


 出来たよと、マリイがスマートフォンで撮影した写真をリリカに見せる。リリカの髪型は、サロンでセットしてもらったような出来栄えだ。


 髪型はとても手の込んだ編み込みで、新発売のチョコは見た目も味も満足で、ヒマワリのスマートフォンから流れる音楽も自分の好みにあっている。それなのに今のリリカは、何故か心が悶々としていた。


「あんた、キスもダメなの?」


「うん。だってママが~、まだダメ~って」


「ホント? ……彼、なにも言わないの?」


「ん~。言われる前に、別れちゃう感じかも~?」


 ヒマワリは絶句していて、マリイは屈託のない笑顔を見せている。


 マリイはクリスマスにデートした彼氏とは既に破局していて、今は新しい恋を探していた。


「……ヒマちゃん、キスするの?」


 リリカがポツリと呟くように尋ねると、ヒマワリの手元からはスマートフォンが滑り落ちた。


「やだあ~。するでしょ~! ヒマちゃんのとこ長いもん。ラブラブだし~!」


「あのね! やめてよ!」


 ヒマワリは顔を赤くして、チョコに向けて伸ばしたマリイの手を叩いた。


 ヒマワリには、長く交際している彼氏がいる。彼は小学校の同級生で、別の高校に通っているそうだ。二人は、小学校の卒業式に付き合うことになったのだという。


 リリカは昨年のクリスマスに、アドベンチャーニューワールドでヒマワリの彼氏に会っている。あの日見た二人の様子は、確かにラブラブだった。


「え~? チューってするんでしょ~? ちゅーって! ねーねー、ヒマちゃん!」


「ああ、もう! そりゃ、しますけど? そんなの普通だし!」


 開き直ったように言うと、ヒマワリはベッドの上でゴロリと横になっている。彼女は首まで赤くなっていた。


 マリイは頬に手を当てて、キャッキャと喜んでいる。


「ねえ、ヒマちゃん」


「なによ?」


「どういう時にするの?」


 リリカの質問に、ヒマワリは声にならない声を上げた。


 マリイは嬉しそうに、毛布の中に隠れようとするヒマワリに飛びつく。


「リリカまで、もう!」


「ヒマちゃん。ねーねー、ヒマちゃ~ん!」


 ヒマワリとマリイは、毛布を挟んで攻防している。


 リリカは溜息を漏らすと、ベッドに伏せて寝転んだ。脳裏には、あの時のヒカルの顔が浮かんでいる。


 どれだけ可愛いリップを塗ってみても、ヒカルはキスしようとしない。そんな素振りすらない。


(でも、エッチなことは好きな訳でしょ? 意味わかんない……)


 思い出すと腹立たしくなって、リリカは口を尖らせた。自分の胸を見て欲しいわけではないが――むしろ見たいと言われても困ってしまうが――他の女の子の体に興味津々な姿を見せられるのは、決して楽しいことではない。


(なんなの? おっぱいが好きなの? 初耳なんですけど?)


 悶々としながら、リリカはチラリと自分の胸元に目をやった。そこにあるのは、決して大きいとは言い難い自分のバスト。


(あのバカ、アオ姉が基準じゃないでしょうね)


 段々苛立つのを覚えながら、リリカはスマートフォンに触れる。時刻はあれから一時間程経っていて、十九時四十分になるところだ。ヒカルから連絡は来ていない。


 リリカの頭の片隅では、先刻の情けないヒカルの表情が浮かぶ。それは次第にクリスマスに告白された時の顔に変わり、普段の優しい顔に変わり、時折見せる真剣な表情に変わり――。 


 そうしていつの間にか、リリカの頭の中はアオイに占拠されていた。抜群のプロポーションをラフな家着に包んで、ゴロゴロとソファでくつろぐアオイ。ヒカルはそんな姉の姿を、毎日眺めているのだ。


(……バカ)


 鳴らないスマートフォンをベッドに放って、リリカは布団に潜り込んだ。



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