3-7 my sweetie pie ⑨
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アオイと離れた後。ノックをしてから、淡路は荷物を抱えて二つ隣の部屋に入った。
「あー。能登。実は、急にこっちに合流……」
部屋の奥まで進んで、淡路は思わず閉口する。目の前では自分より一回りは大きな男が、ソファの下で両手両足を手錠に繋がれて藻掻いていた。
「能登? どうした?」
淡路が声を掛けると、能登は手足をバタバタさせて再会を喜ぶ。彼は淡路がここにいる理由は尋ねようともせず、純粋に助けが来たことを喜んでいた。
「……え? 一部屋しか取れなかったから、東條さんを安心させようと思った? で、手錠掛けたら、動けなくなったのか?」
能登はコクコクと頷いている。更に彼は、少し前にアオイから着信があったようだが、スマートフォンの置かれている所まで歩けなかったのだと嘆いた。
能登なりに頑張って考えた結果なのだろうと、淡路は彼に同情を覚える。二十歳そこそことはいえ、能登も男だ。異性と同じ部屋で過ごすのは、辛いだろう。
アオイには危機感がないので余計に質が悪いのだと、淡路は先程の一件を思い出している。彼女はあの状況にあっても、望めば解放されることを信じて疑ってはいなかった。
淡路が傍へ行って膝を着くと、能登は先ず手から自由にして欲しいと言って腕を前に出した。鍵は、カバンの中だという。
カバンを漁る気にはなれなかったので、淡路はそのまま手錠に手を掛けた。
「はいはい。待ってな。……え? そういえば、どうやって部屋に入ったかって?」
能登はビー玉のように真ん丸の目で、淡路の顔を不思議そうに見つめている。部屋はオートロックで、鍵はテーブルに置かれているのだが。
やがてカチャリと音がして、能登の手首から手錠が外れた。
手錠を能登に持たせてやると、淡路は彼の肩をポンと叩く。
「知らないフリするのも、大人だろ?」
淡路は、いつもと同じ笑顔を見せる。そうして彼は、脚は自分で外すようにと言った。
淡路が荷物を手にクローゼットへ向かうと、能登は彼から視線を逸らして手の中の手錠を眺めた。自分がなにを試しても、決して外れることのなかった二つの輪っか。
よく見ると手錠は、ドーナッツに似ている――能登は、もうそれ以上は考えないことにした。
(能登が聡い奴でよかった)
クローゼットに入れた自分の荷物の上に、淡路はポンと手を乗せた。中には、彼の仕事道具が詰め込まれている。
(帰りの新幹線、一席キャンセルせずに済んだな)
手錠で動けなくなっていた能登の姿を思い出して、淡路は荷物に顔を向けたまま微笑む。あの様子では、能登がアオイに手を出すことはないだろう。彼は、アオイの荷物が消えていたことにも気付いていないようだった。
「折角だから、今日は美味いものを食べに行こうな」
淡路は、心からの笑顔を能登に向けた。