3-7 my sweetie pie ④
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十四時半。
予定より少し早めにチェックインすると、コアトリクエこと相馬タカシは部屋へ向かった。数時間後には、イベント出演を控えている。リハーサルは流れを確認するだけの簡単なもので、それは既に先程終えていた。
部屋に入って上着を脱いだところで、相馬は窓辺に立つ人影に気付く。
「――先生! お会いできて光栄です!」
思わず駆け寄ろうとする相馬を、白衣を纏ったその人物――中林は手で制した。
中林は老人の特殊メイクを落として、本来の青年の姿に戻っている。彼は白衣のポケットに左手を滑り込ませると、中からアンプルを取り出して相馬に見せた。
「君の声は、もうすぐ届く」
中林は、ベッドサイドテーブルにアンプルを置いた。
「目覚めた君には、未来を生きる権利がある」
相馬は床に膝をついて、祈るように中林を先生と呼んだ。彼には中林のことが、なにか崇高な存在に見えているようだ。
「君は誰より早く、存在に気付いていた。君も、高柳君も、選ばれていたのだよ」
高柳の名を耳にして、相馬は頷く。高柳は相馬にとって、最早親友と呼べる存在だった。二人は多忙な仕事の合間を割いて、互いの知恵と知識を持ち寄り、たった一つのことを考察し続けてきたのだ。
相馬は曲を作ることは出来たが、それだけでは真理に辿り付くことは叶わなかった。高柳の詩が無ければ、この瞬間は永遠に訪れなかったのだ。
相馬の表情を見て、中林は微笑む。
どこまでも濁った眼で、歪んだ微笑みを浮かべる狂信者たち。
「最高の音色を――」
中林の微笑みに、相馬は幾度も頷いて応えた。