表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
progress
152/408

3-7 my sweetie pie ③



 ヒカルたちは、スキー教室に参加していた。彼らは板の穿き方を習い、ストックの持ち方や使い方などを習って、いよいよリフトに乗ろうとしている。


 時刻は十四時近くなっていて、まだ平地で基本的な動作を習ったばかりだというのに、ヒカルは大分汗ばんでいた。スキーウェアが彼の想像以上に暖かいということもあったが、単純に今日はこの時期にしては気温が上がっているということもある。


 前を行く山田が、初めて乗るリフトに感動して声を上げていた。


 ヒカルと同じリフトに乗る長山は、随分と落ち着いている。それは元々の性格もあったが、彼はスキー経験者なのだ。父親の実家が新潟で、長山家は毎年帰省の度にスキーに行く。腕前は、中々のものだ。


 そんな長山少年は、他の経験者たちと共に自由に滑りに行くことも出来た。だが彼は友人と一緒に行動したいので、敢えてスキー教室に参加している。


 ヒカル達が乗っているリフトの傍では、同じ初心者用の「ウサギゲレンデ」でリリカが友人とスノーボードの講習を受けていた。


 リリカはヒカルのように、運動神経が飛び抜けて良いという訳ではない。だが高所やスピードに抵抗がないため、比較的早く基本動作が出来るようになっていた。


 彼女の友人のヒマワリは、始めて直ぐに、持ち前の運動神経の良さでかなり滑ることが出来るようになっている。対するマリイは、まだボードの上で満足に立つことすら出来ない。体が勝手に落ちていくような感覚が怖くて、自分から腰を落として転んでしまうのだ。


 リリカたち三人が笑顔で講習を受けているそのゲレンデに、体育科主任の増田とヒカルのクラス担任の上川は居た。二人はスキーを履いていて、なにかあれば生徒の傍へ駆け付けられるように気を配っている。


 生徒が講習を受けているウサギゲレンデと林を挟んで向かいには、山頂から山麗までの四千五百メートルを一気に滑り降りることが出来る直通コースがオープンしていた。それは中級者以上向けのコースで、やや幅が狭い所があるのだが景色が良いと評判だ。


 そのコースの頂上に、北上は居た。経験者や、滑りに自信のある生徒の引率のためである。北上は青森の生まれで、中学入学と同時に東京へ引っ越すまで毎年スキーをしていた。学校の体育の授業などでスキー場へ行くので、滑らないという選択肢は無かったのだ。


 あれから随分と時間は経っているが、体で一度覚えた感覚は中々忘れるものではない。道具が多少便利に変わっていたり、ウェアの見た目が変わっているということはあっても、それは滑りにはなにも影響がないのだった。


 手を振って滑り降りていく生徒に頷いて応え、北上は辺りを見回す。山頂までやってくるだけあって、危なっかしい滑りをする生徒は今のところ見られない。


 これなら仕事が楽そうだと北上が思っていると、リフトの方から南城が近づいてきた。 


 南城は先程から、生徒たちと同じペースで滑っている。彼女は有事の際に即応するためだと豪語していたが、本当は自分も滑りたいのだ。流石の北上も、それには気付いている。


「今日、暑くないか? お前は本当に、顔色一つ変えないな」


 傍で止まって、南城はウェアの裾をバタバタと開けて風を取り込んでいる。


「暑い。南城。増田さんの方は、問題ないそうだ」


 北上が言うと、南城はうんうんと頷いて応える。増田は南城の上司だ。南城は白鷹学園で働き始めた時から、彼女のことを信頼しているという。


「下は、あの人が居れば大丈夫だ。時々、体育会系の悪いところが出るが。それ以外は、善い人だよ。あの人も猫好きだしな」


 北上は、南城のいう「善い人」の基準を疑問に思った。北上は結局スキー合宿に連れてこられた上、しっかり仕事が割り振られている。これが、昨日深夜近くまで仕事をしていた者に対する仕打ちだろうか。


 悶々としている北上に気付いて、南城はウェアの内側からスマートフォンを取り出した。


「心配するな。ほら。ミカンはいい子にしてるってさ」


 南城が北上に見せたスマートフォンの画面には、滝とのチャット画面が表示されている。相手は滝となっているが、他の家政婦が代打することもままあるのだという。そこには、よそ行きの顔で遊んでもらうミカンの写真があった。


「これ、送るから。連絡先を教えてくれ」


「君は、俺の連絡先を知らなかったのか」


「うん。だって、他に必要ないだろ?」


 悪気のない南城の一言に、北上は少し傷ついた。南城の中では、ミカンのこと以外は連絡を取り合う必要性を感じていないのだ。


「そうだ。撮った写真を沢山送ってやるから、先にフォルダを作っておけ。北上も、撮ったら私に送れよ?」


 頷いて、北上は南城と連絡先を交換する。


 自分の連絡帳に「南城サクラ」の文字が増えたのをみて、北上は僅かに口元を綻ばせた。どういった理由であっても、やはり嬉しい。


 南城は直ぐに、チャットで一枚の写真と猫のスタンプを送ってきた。二匹の猫が頬を寄せて、「ヨロシク」とコメントしている。それを見た北上は、また少し笑った。


 北上は早速、南城から貰った写真を新しく作ったフォルダへ格納する。タイトルは特に思いつかなかったので、「かわいい」とだけ仮に入れておいた。


 遠くから生徒に呼ばれて、二人は顔を上げる。生徒たちが大きく手を振って、一人、また一人と滑り降りて行く。


「北上は、滑らないのか?」


 北上は短く、仕事中だと答えた。


 南城は首を傾げて、それから少し悪い顔をする。


「なんだ、そうか。じゃあ、勝負しないか?」


 北上は、聞き間違いではないかと自分の耳を疑う。つい今しがた、仕事中だと答えたばかりだ。


「ここな、一番下までいくと『ウサギゲレンデ』に繋がっているんだ。増田さんたちの待機所のすぐ傍に出られる。そこがゴールだ」


(仕事中だ。誰か一人は頂上に居た方がよいと思うぞ?)「南城」


 北上はまた悪い癖が出ていて、考えていることと発話とに大きなズレが生じている。


 南城は、ニッと笑った。彼女は、北上が怖気づいたと思っている。


「私が勝ったら、夕飯はお前の奢りな」


「……俺が勝ったら?」


「褒めてやるよ!」


 南城は一方的にスタートの合図を出して、ほぼ同時に飛び出していく。


 北上は呆気に取られて、その後姿を見送った。


「全く、君は……」


 溜息を漏らし、北上は南城の後を追いかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ