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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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1-4 守りたいもの ①

四、守りたいもの


 まっすぐに桜見川中央公園を突っ切るルートを選択して、ヒカルは直ぐにそれを撤回した。アナザーの噂がある噴水が、ルートの真ん中にあることを思い出したからだ。少し周り道になるが、公園の周囲を歩こうと提案し直す。


 リリカも一度はそれに賛成したが、やはり直線のルートを行こうと言い出した。ヒカルが自分を気遣っているのだということには気付いていたが、先程購入したシュークリームのことを思い出したのだ。保冷剤が入っているとはいえ、余り長く時間を掛けたくない。


「それに、一人じゃないもの」


 別に、深い意味はないけれど――そう付け加えようとして、リリカは出来ずに口を閉じた。その理由は、彼女にも分からない。


「そうだね。急ごう」


 ヒカルは少しだけ言葉の繋がりそうな間を感じたが、それが繋がらないことを察して、直ぐに言葉を切った。リリカは何か言いたげだったが、それを聞くことをためらう自分にもヒカルは気付いていたからだ。


 互いに急ぐ気持ちはあったが、足取りはどこか重い。だが、憂鬱という訳でもなかった。早く家に帰りたい気持ちと、家までの距離を惜しむような気持ちとで心は揺れている。


 二人には、聞きたい言葉とそうでない言葉とがあって、互いにそれをチラつかせあっているような奇妙な感覚があった。そしてそれは、家の玄関に辿り着いた瞬間に、再び日常の中に溶けて消えてしまうような気がしているのだ。


 暫く歩いて、二人は前方に見覚えのある制服を見つけた。同じ高校の女生徒が三人、横並びで歩いている。


 恐らく三年生だろうと、リリカが言う。

 ヒカルは、何故かと尋ねた。


「体育の授業で見たことあるもの。私達の前が、三年のクラス。鍵を受け取ったりとか、少し話したことある」


 そういえばリリカはクラス委員だったなと、ヒカルは思い出す。人前に立つことを嫌うヒカルとは対照的に、リリカは前に出ることに抵抗がない。


「そういえば今日、すっごく走ってなかった?」

「え? そうだよ。なんで?」

「ん。別に。他の子が、授業中に気付いて、ちょっと見ただけ」


 ヒカルは、山田が南城に追いかけられている姿を思い出して笑った。


 リリカは、自分の言葉が言い訳がましく聞こえたのかと、少し恥ずかしさを覚えた。


「山田がね、南城先生の地雷を踏んでさ。それで、追いかけられちゃって。ついでだからって、全員走ることになって。最後の方とか、もう何周したか分かんなかったよ」

「なにそれ。山田君、何したの?」

「それがさ、南城先生と北上先生が、付き合ってるって言い出して……」


 そんな訳がないのにと、出掛かった言葉を飲み込んで、ヒカルは立ち止まった。


 前を歩いていたはずの三人組の姿が、消えたのだ。


「ちょっと無理じゃない? タイプも違うし」

「うん。僕も、そう思うよ」


 リリカは女生徒達が姿を消したことに気付いていない様子で、クスクスと楽し気に笑っている。

 ヒカルは、さり気なく歩調を早めながら、リリカに悟られぬように周囲を素早く見まわした。


 前方には噴水と、その奥には池がある。周囲には林と遊歩道とがあるが、どれだけ目を凝らしてもあの三人組の姿は見えない。噂通り、アナザーが出たのかもしれない。


 ヒカルは、肩に掛けている通学カバンに意識を向けた。中には中林が作成した新作のボディスーツと、ゴーグルなどが一式入っている。


「――ねえ、聞いてる?」

「え? ああ、ごめん」

「もう。だから、女子の間ではね、あの二人は付き合ってるんじゃなくて……」


 一瞬リリカに引き戻された意識を、ヒカルは再び周囲へと向ける。

 なにか、肌にベットリまとわりつくような、奇妙な感覚がある。


「ごめん。リリカ」


 リリカが何か話しているのを遮って、ヒカルはリリカの手を掴んで走り出した。


 噴水の傍。正確にはその奥の池から、何か不気味な空気が伝わってくる。ヒカルはそれを、アナザーだと確信した。


「どうしたの? ヒカル?」


 不安そうな声が聞こえても、ヒカルは振り向かず手を引いて走り続ける。少しでもリリカを池から遠ざけて、何処か安全な場所へ避難させなければ――!


 前方にログハウスのような形をしたトイレを見つけて、ヒカルはその裏へ走りこんだ。


「ちょっと! ねえ、ヒカル?」


 説明を求めるリリカに応えるように、誰かの悲鳴が上がる。

 次々に聞こえてくる悲鳴に棒立ちになったリリカを抱き寄せて、ヒカルは彼女の体を茂みに隠す。


「リリカ。ごめんね。少しだけ、ここに居て」

「どうして? ヒカル?」

「大丈夫。直ぐに戻るから」


 震えるリリカの手を離すと、ヒカルは茂みから飛び出した。


 途中でカバンを投げ捨てて、別の茂みに滑り込む。すると次に姿を現した時、ヒカルの姿は既にハンターのそれに変わっていた。


 全速力で噴水へ向かいながら、ヒカルは二本の指で左の肘から手首までをなぞってスーツの力を解放していく。


 前方には、犬の散歩をしていた老人の姿。そして、彼らに襲い掛かろうとする謎の影。

 光を放つ、ヒカルの腕。


(必ず、戻るから)


 ヒカルは、アナザー目掛けて腕を振り下ろした。

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