3-6 大胆に、情熱的に ⑥
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佐渡と国後、城ヶ島の三人がオフィスで平和な気分を満喫していると、そこへ転がり込むように淡路がやってきた。彼らはこの後の昼食の相談を止めて、一斉に淡路の方を見る。
「淡路。お前、大丈夫か? 来てよかったのか?」
デスクに駆け寄ってなにか探している淡路に、隣の席の城ヶ島が声を掛けた。淡路は笑顔で応えて、尚も手元を探っている。
様子がおかしいと気付いて、佐渡が立ち上がった。国後は椅子に腰かけたまま、向かいの席で探し物を続けている淡路の様子を窺っている。
「淡路君? 大丈夫? あの……おばさん、危篤だって聞いたけど……」
国後が恐る恐る尋ねると、淡路は手をピタリと止めて顔を上げた。彼の顔は、いつもと同じように笑顔だ。
「うん。まだ、大丈夫そうなんだ」
「いや、無理すんなよ? こっちは東條さんも居ねえし、気にすることねぇぞ」
「そうだよお。休むなら今だって」
心配する佐渡と国後に笑顔で応えて、淡路はスマートフォンから勤怠システムにログインする。そこには今日から三日間の有給申請記録が残されていて、それは既に上長の承認済みとなっていた。淡路はそれに、覚えがない。
「淡路。本当に、こっちのことは気にするな。行ってやれよ」
立ち上がって、城ヶ島は淡路の肩をポンと叩いた。表情こそ普段と変わらないが、淡路は明らかに様子がおかしい。それが無理に明るく振舞っているように見えて、城ヶ島は淡路を不憫に思ったのだ。
城ヶ島に相槌で応えながら、淡路はチームメンバーのスケジュールを確認していた。そこにある情報は彼が最後に確認した時からは変更になっていて、アオイと能登は出張となっている。
淡路は天上を見上げて、それから彼の右隣に位置する能登のデスクの方へよろけた。淡路の手が当たって、デスクに積まれていた書類の山がドサッと崩れる。
「おいおい。大丈夫かよ。どうした?」
佐渡が城ヶ島のデスクを回って、淡路の元へと駆け付けた。
城ヶ島は離れた所へ散らばった書類を拾いに行き、国後は不安そうな顔で淡路のことを見守っている。
「ごめん、ごめん」
皆に謝りながら、淡路は床に散らばった資料の中から目当ての情報を探す。能登はうっかりしていることが多いので、大事なことはプリントアウトして直ぐ見える位置に置いておく癖があった。淡路はそれを、知っていたのだ。
(新幹線……とっくに出てる。備品持ち出し……ホテル……)
一通り情報を攫うと、淡路は書類を元の場所に戻して、それからスマートフォンを確認した。
淡路の傍で、佐渡と城ヶ島は心配そうに彼を見ている。
「……うん。やっぱり、死にそうだから休むよ。ごめん」
淡路は挨拶もそこそこに、急いでオフィスを出ていく。
三人は淡路の背に優しい言葉をかけて、彼を見送った。
「……相当、参ってるな」
城ヶ島は散らばっていた残りの書類を拾って、能登の席に戻してやった。
「淡路君て、確か実家は神戸の方だよねえ? 間に合うといいな……」
国後は、淡路の服装が珍しく乱れていたことを思い出した。コートの襟が捲れていたところを見ると、鏡を見る間もなく慌てて飛び出してきたのだろう。普段とは違う仲間の様子を思うと、国後はそれをどう受け止めてよいか分からなくなった。
国後の言葉に頷いて応えながら、佐渡も淡路の様子を思い出していた。
「あいつも、人間だったんだな」
佐渡の言葉に淡路への同情を感じ取って、国後は大きく頷く。
それから三人は、淡路が無事に叔母の元へ辿り着くことを祈った。