3-5 think ⑧
*
「見て、みて!」
摘み取ったイチゴを頬に寄せて、リリカが喜んでいる。
スマートフォンで撮影しながら、ヒカルも同じように笑顔で応えた。
ビニールハウスの中には人よりも少し背の高い棚が並んでいて、イチゴの水耕栽培が行われている。ここでは立ったままイチゴ狩りが出来る上、棚同士の間隔が広く取られていることもあって、ベビーカーを押している利用者の姿も見られた。
「量り売りなんですね。食べ放題かと思ってた」
「ヒカル君は、食べ放題の方が良かった?」
「いえ。多分、元とれないから」
ヒカルの言葉に、アオイも頷いている。果物は比較的食べるのだが、ヒカルとアオイはそこまで甘いものが好きではない。
リリカはヒカルに写真を撮ってもらいながら、大きくて真っ赤なイチゴを楽しそうに選んでいる。昼ご飯を済ませたばかりだが、甘いものは別腹のようだ。
「あなたも選んだら? 好きでしょ。甘いの」
少し離れた所から写真を撮っていた淡路に、アオイが声を掛ける。淡路は、ヒカルがリリカの撮影ばかりしているので、二人が一緒に映っている写真をこっそり撮ってやっていたのだ。
「あれ、言ったことありましたっけ?」
「さあ。でも、好きでしょ」
アオイは、イチゴの実った棚を眺めている。
淡路はその横顔を見ながら、こっそりアオイの写真も撮影していた。陽にあたって輝く彼女の髪は、イチゴと同じくらいに赤く見えている。
前を行くリリカとヒカルが明るい声を上げたので、アオイと淡路は視線を向けた。
リリカとヒカルは、ベビーカーに乗った一歳くらいの女の子と笑い合っている。人見知りしないタイプなのか、まだそれが分からないのか、女の子はニコニコしながらパチパチと手を叩いて愛嬌を振りまいていた。
可愛いですねと、淡路が言う。アオイは応えなかったが、横顔は彼の言葉を肯定している。
「僕らの子どもは、もっと可愛いと思いますよ」
淡路はいつもの調子で冗談――に見せかけた本音――を言ったのだが、アオイの反応はイマイチだった。嗜めるでもなく、怒るでもなく、どこか上の空だ。
あの日から、アオイはこんな調子でいることが多くなった。仕事中は普段通りだが、仕事を終えた後、特に帰宅後は部屋でボンヤリとしている。いつも頭の中で、なにか考え事をしているようなのだ。
ここ二週間ほど、淡路は平時の業務に加えて、あの音楽データの情報についても独自に調べを進めていた。その進度は決して満足できるものではなかったが、幾つかの情報は明らかになってきている。
あの音楽データは、二人の人間の手によって作られたことが分かった。歌を作った人間とは別に、歌詞を書いた人間が居るのだ。「コアトリクエ」の名で音楽活動を行っている相馬タカシは民俗学者で、彼に歌詞を提供したのは高柳テツという言語学者だった。
二人は古い映画のリバイバル上映イベントで出会い、意気投合して親交を深めてきたという。今回の歌については、高柳側から持ちかけたものと推測されている。
(だが、高柳は失踪した――)
頭の中で状況を整理しながら、淡路はアオイの隣でイチゴの摘み取りを行い、ヒカルとリリカの写真を撮ってやっている。
高柳テツ、千葉マサヤ、福島ケイ、そして加賀谷エイジ――。遡って調べていくと、関わった者たちが皆、失踪していることが明らかになったのだ。
淡路が調べただけで、その人数はざっと十五人に登った。彼らは皆一様に、家族や親しい者に「空を観に行く」と告げていたという。
ここで、淡路には危惧していることがあった。「コアトリクエ」こと相馬タカシが、来月イベントに出演するというのだ。それも、ヒカルとリリカが合宿で利用するスキー場で。
「アオ姉! 淡路さん!」
声を掛けられて、淡路は顔を上げた。少し離れた棚の傍で、リリカとヒカルが手を振っている。どうやら、完熟しても白いままの珍しいイチゴがあったらしい。
アオイは、笑顔で二人に応えている。
淡路も同じようにしながら、隣を通り抜けていくベビーカーに道を譲りつつ、その体をアオイの方へ寄せた。
二月中旬までのアオイのスケジュールは、通常通りの勤務になっている。しかし淡路は、アオイが直前に休みを取って二人に同行するのではないかと予想していた。この状況で、アオイが動かないはずがない。
桜見川中央公園での事件。校舎の爆破事件。そして、あのアドベンチャーニューワールドでの事件。その全ての場所に、ヒカルとリリカは居た。これは最早、偶然とは思えない。
「アオイさんも、白いイチゴ食べますか? 美味しそうですね」
アオイに声を掛けて、淡路は彼女の背をそっと押して二人の元へ歩き出す。
雪のようで綺麗だと、アオイが呟いている。それに頷いてみせながら、淡路は前方の二人に目をやった。
既に淡路の脳内では、音楽データの入手に関する算段をつけている。
(アオイさんは、僕がなにかに気付くのを恐れている……)
淡路の頭の中で、様々なピースが組み上がっていく。
早く来てと急かすリリカとヒカルに、淡路は笑顔で応えた。