3-5 think ⑥
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名前を呼ばれて、ヒカルはスマートフォンを構える。
カウントダウンの後、リリカの体が宙に舞った。瞬く間に彼女の体は地面から数メートルの位置で止まり、今度は上に引っ張られて、空中でビヨンビヨンと揺れている。
「――すっごく緊張した! ちゃんと撮れた? ねえねえ、映ってる?」
しばらくして戻ってきた時、リリカはとても興奮した様子で早口だった。
「撮れてるよ。……僕は無理だな」
目の前のバンジージャンプ台では、年下と思われる少年が悲鳴を上げながら飛んでいる。ヒカルはその悲鳴を聞いて、寒気を覚えた。どうして態々お金を払って、自分から怖い思いをするのだろう。
「リリカちゃん、飛ぶまで早かったね。驚いたよ」
淡路が言うと、その隣でアオイも頷く。
アオイはヒカルと同じように、現在進行形で耳にしている他人の悲鳴で恐怖を煽られている。安くはない代金を払って、何故あんなことが出来るのか分からない。お金を貰っても嫌なのに。
四人は今、隣県にある牧場に遊びに来ている。入場してすぐにリリカがバンジージャンプを見つけ、物珍しさから挑戦したのだった。時刻はまだ十時を過ぎたところだが、最初から予想外のものが登場したことでヒカルとアオイは既に気疲れしている。
「バンジーって、牧場で出来るのね」
他には一体なにがあるのかと、アオイはマップを確認している。幸い、他には腹ばいの体勢で滑空するロープウェイがある程度で、それ以外は至って普通の牧場らしい。
「ね! ビックリ! 今度は、あっち行こうよ!」
リリカはヒカルの手を引いて、ロープウェイの方へ駆けていく。
その後ろを、アオイと淡路も歩いて追いかける。二人が追いついた時には、もうリリカは安全帯を装着してロープウェイの乗り場に立っていた。
「リリカちゃん元気だなあ。あ、イチゴ狩り出来るみたいですね。予約します?」
「喜びそう。ね、見て。ヒカルまで乗せられてる」
ヒカルはリリカに言われて仕方なく挑戦することにしたのか、どこか腰が引けている。
ヒカルはこういったものが苦手なのかと淡路が尋ねると、アオイは苦笑した。
「アスレチックとかは大好きなの。でも、高いところが得意じゃなくて。遊んでる時は、夢中で登っちゃうんだけどね。急に思い出して怖くなったり」
下りられずに涙目になっている幼いヒカルを思い出して、アオイは目を細める。あの頃は自分が登って迎えに行く必要があったのだが、今はそうではない。その成長は、嬉しくもあり寂しくもある。
そんなアオイの横顔を、淡路はマップを眺めるフリをしながら盗み見ていた。二人を眺めるアオイの表情は、姉というよりも母親のそれに見える。年齢が離れていることや、親代わりに育ててきたという事実があるのだから、それは自然にも思えるのだが。
ロープウェイを下りて振り向くと、リリカの視界には遠くなったアオイと淡路の姿があった。二人は会話しているようだったが、リリカの視線に気付くと笑顔で手を振る。
「あー、怖かった。僕、もういいや」
後から滑空したヒカルが下りて、リリカの横に立つ。ヒカルはアオイの姿を見つけると、彼女に笑顔で手を振り返した。少し見栄を張って、怖くなかったフリをしている。
「ねえ、ヒカル。あの二人って……」
リリカの目には、アオイと淡路の距離感が以前とは異なる様に映った。二人はとても自然に、当たり前のように、着かず離れず隣を歩いている。それは、リリカの憧れる姿だ。
ヒカルはリリカの言葉がなにを指しているか分からずにいたが、特にそれを推測しようともしなかった。一刻も早く、牧場らしい穏やかな場所に移動したかったからだ。
早く行こうと言って、ヒカルはリリカの手をとる。
リリカは嬉しくなって、ヒカルの手を引いて再び駆け出した。