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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-5 think ④



 二十二時五十分。


 帰宅してリビングに入ると、アオイはソファにヒカルとリリカの姿を見つけた。二人は驚いた様子で固まり、目を見開いてアオイを見ている。


「……ああ、映画ね?」


 アオイは笑いながら、自室の扉を開けてカバンを放り込む。


 ヒカルがリモコンを操作すると、映画は暗闇で開きかけた扉のシーンで制止した。テレビのモニターには、クッションを抱え込むリリカと緊張した面持ちのヒカルが映り込んでいる。


 二人はアオイの方へ振り向いて、声を合わせて「おかえりなさい」と言った。


「ねえ、アオ姉。これ知ってる? レビュー見たら、怖くて眠れないってあったの」


「あら。じゃあ、リリちゃんはお泊りかな?」


「本当? アオ姉と寝ていい?」


 アオイが頷くと、リリカは嬉しそうに笑った。


 ヒカルはアオイに、夕飯の支度をするかと尋ねる。


 アオイは自分で出来ると答えて、それから部屋を見回した。淡路の姿が、見当たらない。


 ヒカルに淡路の所在を尋ねられて、アオイは直ぐに戻ると短く答えた。弟たちに、余計な心配はさせたくないからだ。


 着替えをすると告げて、アオイは自室に戻る。彼女が扉を閉じて直ぐに、リビングからはホラー映画の不気味な音が聞こえ始めた。


 背中越しに気味の悪い音を聞きながら、アオイはジャケットを脱いで左手に置かれたベッドへ放る。明日は久々に休みだが、雑務が溜まっていることもあってそれほど嬉しくはない。


 今すぐ寝転びたい気持ちを抑えて、アオイはベッドの脇を通りガラス戸の方へ歩いて行く。外用のサンダルを履かずにテラスへ出ると、ストッキングを履いただけの足先に冷たい感覚が走った。


 テラスには、隣のリビング側のガラス戸から僅かな灯りが漏れている。


 頬に当たる風を心地よく感じていると、アオイは不意に後ろから体を強く抱かれるのが分かった。驚きはしたものの、こんなことをする相手は分かり切っている。


「なにしてるの?」


「甘えてるんです」


 淡路は俯くようにして、アオイの肩に頭を載せている。


「二人、そこに居るんだけど」


「あの位置からじゃ見えない」


 少し疲れたと、淡路は呟いた。彼にしては珍しく、弱音を吐いた。


 離れるように言っても無駄だと分かっているので、アオイは抵抗しないでいる。


「今日、先に帰ったはずでしょ?」


 どこに寄り道していたのかと、アオイは尋ねた。それは形だけの質問で、答えを欲してはいない。


 淡路は笑顔を作っただけで、それ以上は応えなかった。


 アオイに淡路の顔は見えなかったが、彼女には彼の表情が分かっていた。


 淡路はアオイと話しながら、頭の中では彼女の体を腕に抱いて夜空を眺めている。無数の星々に思いを馳せながら、二人は長い時間を互いの為だけに共有しているのだ。それはあくまで想像で、妄想であるとも言えたが。


 しかしそんな妄想の中ですら、淡路は自分を他人事のように見ている。


「明日、出掛けませんか?」


 アオイが答える前に、淡路はヒカルとリリカも一緒にと付け足した。


 二人の名前が出たので、アオイは返答を迷う。二人には、もう話をしているのかもしれない。 

 少し考えてから、アオイは構わないと答えた。


「ねえ。ちゃんと、玄関から帰ってきてよ。もうお腹ペコペコなんだから」


「……待っててくれたんですか?」


 アオイの服装から帰宅直後であることは分かっていたが、淡路は敢えてそう尋ねた。


 アオイには、淡路の声がどことなく寂しそうに聞こえている。


「そう。だから、すぐ帰ってきて。一人で食べるの嫌なの」


 アオイの視界には、淡路のシャツが映り込んでいる。袖に付けられたボタン。それは唯のプラスチックで、質感も形も何処にでもある平凡なものだ。月の明かり程度では輝かず、暗がりではシャツの色に同化してしまう。


 しかし、アオイは何故か、そんなものがとても好きだと思った。


 淡路はアオイの体から離れると、無言で植え込みの隙間から消えていく。玄関へ向かったのだ。


 背中越しに淡路を見送って、アオイは彼がリリカの家の庭にも無断で侵入しているのだと気付く。


 しばらくして、リビングからは二人の悲鳴が聞こえた。どうやら淡路の帰宅と、映画の見せ場が重なったらしい。


 賑やかなリビングの声を耳にしながら、アオイは微笑んだ。

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