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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-5 think ③



 モニターから目を背け、向島は腕時計に視線を落とす。時刻は、十九時になろうというところ。そろそろ、家へ向かう時間だ。


 再び視線をモニターに戻した時、向島はそこに自分以外の人間の姿を見つけた。


「――なんだ、食事代を払いにきたのか?」


 首元に当てられたナイフが暗い室内の僅かな光を拾って、鈍く歪んだ光を向島の顔に投げている。モニターに人物の顔は映っていなかったが、相手は直ぐに分かった。淡路だ。


「なにをしても構わんが、東條は気付くぞ?」


 ナイフを向けられていても、向島は普段通りの余裕を崩さない。むしろ彼は、この状況であるが故に落ち着くことが出来たとも言えた。


 一時とはいえ芸術の場に身を置いていた向島にとって、他人からの嫉妬を買う機会は決して少なくなかった。ましてや海の向こうでは、異邦人である自分は妬みや恨みをぶつける恰好の対象でもあったのだ。


 言葉や拳での脅しは日常茶飯事だったが、それでも常に最上の結果を出してきたという事実が今の向島を作っている。


「彼女は、分かってくれる」


 そういうと淡路は、向島がアオイに渡したUSBの中身について尋ねた。


 淡路の言葉を耳にするなり、向島はそれを笑い飛ばす。


「知りたければ聞けばいい。いや、冷たくされたか」


 哀れだと、向島は笑う。


「加賀谷エイジ」


 淡路はその名前を口にすると、ナイフの腹で向島の喉元をトントンと叩いた。


 向島は緊張を顔には出さなかったが、しかし注意深く淡路の次の言葉を待っている。加賀谷エイジは、向島にUSBを託した人物だ。彼は東京の楽団で、ヴァイオリン奏者をしている。


「二週間前から失踪中。家族には、『空を観に行く』とだけ」


 そう言うと淡路は、再びUSBの中身について尋ねた。


「……東條は、聴いたのか?」


 向島の脳裏には、加賀谷が残した「人が、狂う」という言葉が蘇っている。勿論彼は、そんな非現実的なことを信じてはいなかったが。


 淡路は、向島の問いには応えない。彼は続けて、都立大学の相馬という学者を知っているかと尋ねた。


「ああ。妙な奴だ。『コアトリクエ』という名で、作曲紛いの活動をしていると聞いた」


「相馬と連絡は?」


「面識がない。加賀谷も、他から聞いたと」


 さらに向島は、加賀谷は演奏を頼まれて音楽データを受け取ったそうだが、それ以前の持ち主が奇妙な言動を繰り返すようになったため自分に連絡してきたのだと補足した。


 向島は音楽データを再生した際の奇妙な感覚やそれまでの経緯からアナザーを疑ったのだが、ここへきてそれを確信していた。なにより、淡路がここへやってきたことが、その答えであるように思えている。


「今度は、お前だ。質問に答えろ」


 向島の首元から、ナイフが離れる。


 向島が振り向いた時、そこに淡路の姿はなかった。十センチ程開いたままのドアからは廊下の電灯の灯りが漏れていて、窓ガラスを揺らす風の音が聞こえている。


 淡路が応えを返さなかったことが答えであり、そしてそれは向島の問いを肯定していた。


 スマートフォンに手を伸ばして、向島は登録されている連絡先の中からアオイを選択する。


 数秒の間。


 向島は通話ボタンをタップせずに、スマートフォンを再び胸元にしまい込んだ。連絡をしたところで、恐らく内容は聞かれている。


(躾のなっていない犬め)


 舌打ちすると、向島は机上の隅に置かれた手帳に目を向ける。スケジュールの調整が必要だなと、向島は独り言ちた。


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