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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-5 think ②



 二〇×二年 一月 二十一日 金曜日


 ダイニングテーブルでノートパソコンを広げて、ヒカルはwebショップの在庫の更新作業を行っていた。趣味のハンドメイド作品は、編み物とビーズのアクセサリーを中心によく売れている。


 そろそろ季節も移り変わるので、ヒカルは商品のラインナップにネイルチップを追加することにした。これは、リリカのアイディアだ。元々リリカが趣味でやっていたこともあって、ネイルに関する道具は揃っていた。


「どんな感じ?」


 マグカップの載ったトレイを手に、リリカがキッチンから現れる。彼女はヒカルの隣に腰を下ろすと、彼にカップを手渡してパソコンの画面を覗き込む。


「なんとか。売れるといいんだけどね」


 受け取ったカップに口を付けて、ヒカルはリリカが見やすいように彼女の方へ画面を傾けてやった。


 画面には、フレンチシックな部屋をイメージした背景に、ニットの商品やビーズアクセサリー、先程追加したばかりのネイルチップなどが並んでいる。顔は映らないようにしているが、帽子やアクセサリーの着用モデルはリリカだ。


 フランス人の女の子の部屋をコンセプトにショップは作られていて、置かれている商品も「ソフィ」という架空の人物のお気に入りという設定だ。この設定も、ヒカルではなくリリカのアイディアを元にしている。


「大丈夫でしょ! 可愛いし。自爪でネイル出来ない人って結構いるから、好きな人は買うと思うの」


 リリカは商品の画像を一点一点眺めながら、どんな服とのコーディネートが合うかを真剣に話している。


 リリカといる時、ヒカルはいつもなんでも出来るような気持ちになった。今思えば、高校受験もネットショップの開設も、始まりはリリカだったのかもしれない。どれだけ難しく思えることでも、一緒にいるうちに本当に出来るような気がしてくるのだ。


「リリカ。いつも、ありがとう。アオ姉のことも」


 ヒカルが目を見て改めてそう言ったので、リリカは照れて顔を赤くした。


「お礼を言われることじゃないし。……それより、私を見てなにか思ったりしない?」


 リリカは、少しだけ唇を強調してみた。


「口の色が、朝より赤い?」


「そうなんだけど! そうじゃなくて。なんか、ない?」


「なんだろう? あ、イヤリングの色と合ってる?」


 ヒカルは、前に気付かず怒られたことを思い出していた。


 リリカはすっかり諦めて、適当に頷きながらまたパソコンを覗き込む。ため息交じりにカップを口に運ぶと、その飲み口には明るいルビー色のグロスが付いた。


(わざわざ塗りなおしてきたのに……)


 付き合ってそろそろ一か月が経とうとしているが、最初のハグ以来、二人は未だに手を繋ぐのみ。そんな関係に、リリカは少し複雑な感情を覚えている。


 ダイニングテーブルの上で、ヒカルのスマートフォンが短く振動した。


 ヒカルはスマートフォンを手に取る前に、パソコンの右下に目を向けて時刻を確認する。現在の時刻は、十八時十七分。アオイからの、帰宅の連絡だろうか。


「アオ姉だった? シチュー、温めちゃう?」


「いや。山田。日曜に服買いに行くから、付き合えってさ」


 ヒカルは、来月のスキー合宿のためだと付け加えた。


 合宿は二月の四日から六日までの二泊三日で、長野県で行われることになっている。白鷹高校としては、今年から新たに行われることになった行事だ。


 合宿の話と聞いて、リリカは笑顔を見せる。リリカは、スキーとスノーボードのどちらを選択するか、友達と相談しているのだと言った。


 ヒカルは、パソコンの画面をスキー場のホームページに切り替える。


「やったことないからなあ。スノボは難しいかな?」


「ヒカルは大丈夫でしょ? 運動だったら、大体なんでも出来ちゃうし」


 リリカは先日のホームランを思い出して、ウットリとした気分に浸り始める。自分を取り合って対決が行われるとは、まるで少女漫画の主人公にでもなった気分だ。


 ヒカルはスキーのコースや泊まる予定のホテルなどを調べるうち、合宿期間に音楽イベントが重なっていることに気付いた。雪と氷で作られたステージで、シンセサイザーによる演奏が行われるようだ。


「あ! この人、ネットで有名な人でしょ? 『聴けない音楽』の人」 


「音楽なのに?」


「そ! なんかね、聴くまでに色々大変なんだって。しかも聴いた人は、絶対に他人には教えちゃいけないんだって。だから、ネットで探しても出てこないみたい」


 そんなことがあるだろうかと、ヒカルは疑問に思った。この世の中に本当の意味で秘密にしておけるものがあるとしたら、それは自分の心の中くらいなものだ。


 ヒカルは、イベントに登場する予定のアーティストの写真を眺めた。それは横顔で、顔の大部分には陰が落ちている。男性ということは分かるが、どんな人物なのかは分からない。


 聴くことの出来ない音楽なのに一体なにを演奏しにくるのだろうかと、ヒカルは心の中で疑問に思った。


 再び、ヒカルのスマートフォンが振動する。相手は今度こそアオイで、帰りが遅くなりそうだと泣き顔の絵文字を添えたメッセージが届いていた。


 ヒカルはその顔文字がアオイに似ているように思えて、笑みを溢す。


「……リリカ。変なこと、言うけどさ」


「変なこと? ……なに?」


 リリカは、今度こそリップの話だと期待した。ようやく気付いたのだから、多少は見当違いなことをいっても許そうという気持ちになる。


「僕と……アオ姉ってさ、本当の……姉弟だよね?」


 口にしてすぐ、ヒカルは自分の吐いた言葉を慌てて否定する。自分がおかしなことを口走った自覚があったので、とにかく彼は必死だった。


 リリカは期待が外れてガッカリしていたが、ヒカルが妙に焦っているのを眺めるうちに彼のことが不憫になった。


「こ~んな真っ赤な髪して、他人の訳ないじゃない! 笑い方だってソックリだし。甘いの苦手なところも一緒でしょ?」


 ヒカルの頭をグリグリ撫でて、リリカは笑う。


 ヒカルは、されるかがままだ。


 どうしてそんなことを言うのかとリリカが咎めると、ヒカルはごめんと言ったきり、そのまま口を固く閉じてしまった。


 リリカはそれを不思議に思ったが、ヒカルには時々変なことを口走る癖があるのを知っていたので、今回のこともそれなのだろうと考えることにした。


 ヒカルの手元のスマートフォンには、彼の顔が映り込んでいる。それを眺めながら、ヒカルは決して吐き出すことの出来ない思いを胸に抱くのだった。


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