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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-4 ビタースウィート ⑧



 二〇×二年 一月 十六日 日曜日

 

 寒さのために目を覚まし、南城は我が目を疑った。目の前には、見知らぬ天井。


 布団の上で上半身を起こして暗い部屋の中を見回すが、どれだけ目を凝らしてみても、何一つ覚えのあるものはない。自宅でないことは確かだが、ここが何処かは分からない。


 枕元には、カバンやスマートフォンなどが置かれている。服装は昨日家を出た時のままで、ジャージの上に羽織っていたベンチコートはカバンの傍に丸めて置かれていた。


 恐る恐るスマートフォンに手を伸ばすと、そこには画面一杯に滝からの通知が並んでいた。


 時刻は、朝の四時を回っている。


 人生初の、無断外泊。それも、一切の記憶がない。東條家のあるマンションを出たところまでは覚えているが、その後から現在までは全くの空白だ。


 スマートフォンを握りしめたまま、南城は静かに立ち上がった。左手には障子戸。正面には襖。どうやら、障子戸の奥は縁側のようだ。


 南城は少し迷って、襖にそっと手を掛けた。


 漏れてくる光に目を細めながら、出来るだけ音がしないように、南城は襖を滑らせていく。そして顔の幅ほど開けたところで、彼女は部屋の中に北上の姿を見つけることが出来た。


 炬燵の置かれた狭い居間の中で、北上は壁にもたれて、酒瓶を片手にグウグウといびきをかいている。電気は点けられたままだ。


 南城は四つん這いになって音を立てずに居間へ入ると、ぐるりと周りを見回した。


 左手にはボロボロの障子戸。正面の壁には棚板の歪んだ背の低い本棚が並び、その上に小さなテレビが置かれている。本棚の隣はレトロな細工の施されたガラス戸で、その向こうは台所だろう。


 北上が背を預ける壁には時計がかけられているが、埃まみれで、時間は止まっている。


 炬燵机の上にはノートパソコンと書類の山が築かれ、隅には食事をした跡が残されていた。


(なんだ、コイツは。あの後、また食べたのか?)


 北上は頭を垂れて脚を伸ばし、南城の進路を塞いでいる。


 忍び足で近づいて、横になっている北上の上を仕方なく跨ぐと、南城は台所へ出た。


 狭い台所の中央を陣取っている小さなダイニングテーブルは、すっかり物置扱いされて調味料や食パンが並べられている。その奥にはシンクとコンロが見えるが、殆ど使用されていないように見えた。


 台所の左奥には食器棚が見えたが、離れた場所からでも分かる程に取っ手にまで埃が積もっている。随分と長いこと、開けられてすらいないようだ。


 小さな冷蔵庫の上には最新式の電子レンジが置かれ、冷蔵庫の脇には炊飯器がコードを束ねた状態で寂しそうにしていた。


 玉砂利の暖簾の隙間を縫って、南城は台所から続く空間へ出た。そこは玄関で、すりガラスの引き戸には申し訳程度に小さな鍵穴が取り付けられている。


 南城は揃えて置かれた自分の靴を見つけると、玄関の戸を開けて外へ出てみた。


 外はまだ暗く、吐く息は白い。地面には二、三センチほどの雪が積もっていて、雪はなおも空を舞っている。


 玄関から門までは大人の足で五、六歩の距離があって、門の傍には朽ちた郵便受けがそのまま倒されていた。


 南城は新雪を踏みしめながら門まで歩き、顔を出して辺りを見渡す。少し離れた電柱に記されている住所は、南城家とそれほど離れてはいなかった。


 どうやら本当に北上の家のようだと理解して、南城は家の中に戻る。


 玄関に入って正面に別のドアを見つけ、南城は中を覗いてみた。そこはトイレや脱衣所、風呂場になっていて、何故かこちらはピカピカにリフォームされている。


(さぞや嫌味なタワマンにでも住んでいるかと思いきや……)


 再び台所へ戻って、南城は天井を見上げた。掃除は行き届いていないが、木目は綺麗だ。


 映画用のセットと言われても信じてしまいそうな程、家は古く傷んでいる。しかしそのあちこちに、確かに人が生活している跡が見られた。


 普段はカッチリしたスーツを着込み、どんな暑い日でも着崩さず、どんな時でも涼しい顔で淡々と仕事をこなしている――そんな機械のような北上の人間らしい一面を見て、南城はそれを面白いと思った。


 居間へ戻ると、北上はまだ眠っていた。


 足先だけ炬燵に入れた恰好で、北上の傍にはグラスが転がっている。恐らく昨夜は、飲みながら寝落ちしたのだろう。


 南城は北上の上をズカズカ跨ぐと、自分の荷物を取りに先ほどの部屋へ戻った。昨夜なにがあったかは分からないが、相手が北上であれば、なにも起きなかったと考えるのが正しいだろう。


 荷物を手に取ったところで、南城は廊下の方から音がするのに気付いた。障子戸を開けて耳を澄ますと、縁側のガラス戸の向こうからカリカリと音がしている。


 縁側へ出てガラス戸を開け、南城は木製の雨戸の淵に手を掛けた。雨戸は重く滑りも悪かったが、南城は少し持ち上げたり、引いたりと試しながら隙間を開ける。そうして彼女は、ようやく開いた隙間から庭に顔を出した。

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