3-4 ビタースウィート ⑦
*
二十三時前に、ヒカルは家の玄関でリリカを見送った。
洗面所へ行って歯を磨いていると、スマートフォンがチャットの通知を告げた。相手はリリカだ。
リリィ:「アオ姉、元気出て良かったね!」
ヒカル:「ありがとう。先生たちにもお礼言わないとね」
リリィ:「ね! 本当よかったあ。また明日ね」
ヒカル:「おやすみ」
短いやり取りのあと、ヒカルは程よい充足感と疲れとで眠気を覚える。家に人が集まることは珍しいので、嬉しさの余り少し張り切ってしまった。
(アオ姉、楽しかったかな)
瞼が落ちてくるのを感じて、ヒカルは慌てて口を濯いだ。
自室のベッドに潜り込んで目を閉じると、今日は一段と周囲が静かに感じられた。そういえば誰かが、雪が降りそうだと話していたのを思い出す。
積もったらいいなと、ヒカルは心の中で願った。雪の日は、楽しい思い出が多い。
積もりますようにと、ヒカルは心の中で祈った。雪は、何故か懐かしい気持ちにさせる。
「――二人とも、部屋へ戻りましたよ」
リビングからテラスへ出て、淡路はアオイに声を掛けた。
アオイは自室のガラス戸を開け放って、部屋の中からテラスの方へ脚を伸ばして座っている。
淡路はアオイの傍へ行くと、だらりと投げ出された彼女の手にキスをした。
アオイは拒否せず、ボンヤリと宙を見つめるばかりで反応を返さない。彼女は既にコンタクトを外した後で、黄金色の瞳は夜空の月を思わせた。
「チラついてきましたね。タイヤ、替えといて正解でした」
淡路はアオイを抱え上げて、彼女をベッドへ運んでやる。
淡路が毛布を掛けてやると、アオイはまるで何かから身を隠すようにしてその中に深く潜り込んだ。他には見せない脅えた様子を、淡路は悲しくも愛しくも思う。
アオイが眠るのを待って、淡路は部屋を後にした。素早く着替えて外へ出ると、彼はもう一つの仕事のために街の方へ向かっていく。
雪の粒は段々と大きくなっていき、次第に積もり始めていた。