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ゲノム・レプリカ  作者: 伊都川ハヤト
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3-4 ビタースウィート ⑤



 二十時半。


 食事を終えて、女性陣はソファ、男性陣はテラスへと移動していた。


 広く取られたテラスからフラットに繋がる庭は慎ましやかで、両隣とは植栽とフェンスとで仕切られている。芝の手入れは、少し前からサボり気味だ。


 ヒカル達はそこへ淡路のアウトドアグッズを持ち出して、寒空の下でミル曳きの珈琲を淹れている。大柄な男達がランタンの灯りを頼りに集まっている様子は、リビングから眺めるリリカの目には奇妙に映った。


「まーたやってる……。男って寒くないのかしら?」


 トイレに行くのだって嫌なのにと、リリカは呟いている。


「楽しいんでしょうね。ヒカルも男の子だもんねえ」


 トレイから紅茶の入ったカップを取り分けて、アオイは笑った。


 南城が頭を下げて礼を言うと、アオイは微笑みで返す。


 貰いものだけれどと、アオイは紅茶の入っていた小さな薄い箱を手に取った。中に入っている説明書きには、仰々しい言葉で茶葉への賛辞が並べたてられている。


 リリカがパタパタと戻ってきて、アオイの隣に腰を下ろした。そうしてアオイの右肩にベッタリ体を寄せて、説明書きを一緒に眺めようと首を伸ばしている。


 二人が体を寄せ合う姿を見て、南城はとても幸せな気持ちになった。目の前には今、とても美しい光景が広がっている。


「ねえ、アオ姉。プリンは何時出す?」


 リリカが目だけを向けて、アオイに尋ねる。


「もう少ししたら、かしら。南城と北上先生のお腹に、余裕が出来たらかな」


 アオイは苦笑している。


 夕飯は、お好み焼きだった。材料が豊富で人手があったこともありホットプレートとフライパンを使って焼いたのだが、結果として大量に作ってしまったのだ。


 店を開けるほど焼かれたお好み焼きは、東條家の冷凍庫にぎっしりと詰められている。それでも余った分は、北上が持ち帰ることになった。


「ヒカル、普段はこんなに余る程作ったりしないんだけど……。お客さんがきて嬉しかったのかも」


「そうでしたか。ああ、でも……」


 駅前で二人に会った時は、既に買出しは済ませた後のようだったけれどと、南城は思い出していた。


 南城は、ふと、リリカが目配せしていることに気付く。なにか理由がありそうだ。


 少しして、リリカは様子を見てくるといってテラスへ出て行った。


 ガラス戸が完全に閉まってから、アオイはソファに深く体を預ける。


 目が合うと、南城はカップを宙に浮かせたまま動けなくなった。


「ありがとうね。急に、来てもらっちゃって。でも、久しぶりに顔が見られて嬉しい」


「そんな! 私もです。私も、お会いできて、嬉しくて……。そうだ、お忙しくされていたのではないですか? 先日、大きな事件があったようですし」


 南城は、アドベンチャーニューワールドの一件を指している。南城はあの日アオイが怪我をしていたように思い、その後の様子が気になっていたのだ。


 チャットで新年の挨拶などは済ませていたものの、南城は事件について聞くことが出来ずにいた。正体がバレることを恐れていたということもあるのだが、半分は南城自身の体調不良のためでもある。


 南城の肩の傷は、大分治りかけていた。しかし、取り込んだ水の核の影響か、体調は思わしくない。


 アオイは目線を落として、それから小さく頷いた。


「正直、ちょっとね。もう、ほとんど片付いたの。ただ……」


「ただ?」


「全部が、綺麗に解決された訳じゃなくて。だから、後味悪くて。こんなの、日常茶飯事なんだけどね。忙しかったからかな。少しだけ……キツかったかも」


 アオイは、同僚のモモコが話していた別の事件のことを思い浮かべていた。アドベンチャーニューワールドの経営者夫婦の娘が失踪している事件は、結局なんの手がかりも掴めぬまま、解決できぬままなのだ。


 あの日にパークを通常通り営業するようにと電話をかけてきた少女が、本当に本人だったのか――。今ではそれすら、定かでない。


「弱音、吐いちゃった」


 アオイが、恥ずかしそうに笑う。


 南城は、すぐに言葉を返すことが出来なかった。なんとか頷いて応えながら、彼女は自分の顔がどんどん熱くなっていくのを感じる。


「わ、私でよければ! 幾らでも仰ってください。こんな私でも、聞くくらいなら出来ますし。それに、気持ちは外へ出した方が良いと思います。泉も、ヒカル君もそう思っていると思いますよ。だからきっと、今日は元気づけようとしたのでしょうし」


 南城は気付いたまま口にしてしまっていたが、直ぐにそれを後悔した。ヒカルとリリカは、秘密にしていたかったのかもしれない。


「そっか……。ありがとう。南城」


「いえ。いえ、私は……私は、先輩には、幸せになって頂きたいのです」


 南城は体が火照るのを覚えて、どうにかして自分を抑えようと紅茶を口に含んだ。良い香りが鼻に抜けていくのが分かったが、味はイマイチ分からない。


 不意に、今は二人きりなのだと意識すると、南城は体中から汗が吹き出すように思った。


「ねえ! 見てー!」


 ガラッとガラス戸を開けて、リリカが飛び込んでくる。

 外からの冷気を、南城は心地よく感じた。


「なあに? あら、空手?」


 アオイはリリカのスマートフォンで再生されている動画を眺めて、微笑ましそうに目を細めている。


 それを見て南城も釣られて笑ったが、リリカの言葉には引っかかるものがあった。


「空手? 空手を習っているのか?」


「え? そうです。なんか、カタ? っていうのを……」


「……おのれっ! 北上!」


 ガタッと立ち上がると、南城はテラスへ走っていく。


 やがてテラスの方から、南城がヒカルに剣道を勧める声が聞こえてきた。それを耳にして、リリカとアオイは顔を見合わせて笑う。


 そうしてリリカに急かされるまま、アオイもテラスへ出ていく。


 テラスではヒカルを挟んで北上と南城とが会話していて、少し離れた所で淡路がそれを笑顔で眺めていた。


 ヒカルは少し困ったように笑っているが、楽しそうに見える。


「ねえ、アオ姉。楽しい?」


 アオイの腕にくっついて、リリカは彼女の顔を見上げている。


 アオイの脳裏には、先程の南城の言葉が蘇っていた。


「うん。とっても」


 ありがとうと言って、アオイはリリカの頭を撫でた。

 リリカはそれに素直に甘えて、幸せそうに笑っている。


 心配をかけてしまったと反省しながら、アオイはリリカの様子に目を細めた。リリカは昔から、ヒカルよりも甘え上手だ。


 夜風は冷たく、空には雪雲が広がり始めている。それでもここには、ゆったりとした時間が流れていた。

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