3-3 boy ①
三、boy
二〇×二年 一月 七日 金曜日
十一時。
始業式を終え、白鷹中学、高校の生徒たちは続々と帰宅していく。そんな中、運動場の一角では歓声が上がっていた。
ブレザーを脱いで預けると、バッターは左の打席へ。
対するピッチャーは、サウスポー。彼の持ち味は、リトルリーグ時代から叩きあげられてきた切れ味抜群の変化球。それはこれまでに幾度も見事な三振を打ち取って、チームを勝利へ導いてきた。
三球勝負だと、ピッチャーが叫ぶ。
バッターは無言だ。彼は真っすぐに前を見つめて、バットを構えている。
「俺の異名を教えてやる! 俺は……サブマリン後藤だっ!」
カーンと、小気味よい音。
ギャラリーが見守る中、白球は大きな弧を描いて青空へ吸い込まれていく。
バッターは腰を曲げて地面にバットを置いてから、トロトロと一塁の方へ走り出した。
周囲から、遅れて歓声が湧き上がる。それを耳にして、ようやく状況を理解したピッチャーは力なくマウンドに崩れ落ちた。
「左対左って、バッター有利でしたっけ?」
坊主頭の少年――山田が怪訝な様子で、隣にいた主顧問の吉田に尋ねた。
「後藤は、プレッシャー弱いからなあ……」
吉田は顎を撫でながら、ううんと唸った。そもそも後藤は、元々アンダースローの投手ではない。
きゃあきゃあと黄色い声援を耳にして、山田と吉田は目を向ける。そこには、多くの女子生徒が集まっていた。普段の練習時には、決して見ることのない光景だ。
(いいとこ、見せたかったのか。後藤……)
マウンドにへたり込んで空を仰いでいる後藤を、吉田は一人憐れんだ。
バッターはホームへ戻るとマウンドへ向けて一礼し、そそくさと上着を取りに戻っていく。その先には、金髪の少女の姿があった。
少女は目の前で見たホームランに感激したのか、顔を赤らめ目を輝かせている。
「いいなあ、ヒカル。俺もカワイイ彼女欲しいっすよ~」
山田がポツリと呟くと、傍にいた部員たちが無言で大きく頷いた。
「だったら甲子園目指せ! ほら! 走れ、走れっ!」
吉田に急き立てられて、部員たちは走り出す。
遠ざかっていく背中にかつての自分を重ねて、吉田は目を細めた。
風は冷たいが、空はよく澄んでいる。
サブマリン後藤は、マウンドで泣いていた。