3-2 素直で、でも不器用で ⑥
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二十時半。
「そうか、北上君。君は……タツキというのか……」
そうですと頷いて、北上は注がれた酒を飲み干した。
家主は先程から、同じ質問ばかりを繰り返している。酒を勧め、食事を勧め、そして時折、北上の肩をバンバンと力強く叩きながら豪快に笑うのだ。
「北上君。もっと食べなさい。若い者は、沢山……沢山な、食べたほうがいい。私も、昔は随分……。そうだ、琴や舞踊は……」
北上は勧められるがまま、刺身を口に運ぶ。驚くほどに、旨い。
北上は途中で姿を見せた家政婦に魚の種類を尋ねて、自分がこれまで鯛だと信じていたものは、本当は全く別の魚ではなかったかと疑った。それほどまでに、味が違う。
「……そうか、北上君。……君は……タツキというのか」
はいと頷いて、北上は注がれた酒を飲み干した。
途中、家政婦が一升瓶を持ってきたので、今度はそれを器に注ぐ。
甘い香りだと、北上は呟いた。甘いものを普段は吞まないのだが、だからこそ呑んでみたいと思わされるような香りだ。
「うちの……あのなあ、あの、サクラを……娘を、どう思う?」
「お嬢さんは」
「いや! いやいやいや、止めておこう! ……やめておこうじゃないか。北上君」
「わかりました」
北上が器を飲み干すと、直ぐに次が注がれる。
北上の鼻には、熟した果物のような芳香が広がった。少しベタッと残るのが苦手だが、この香りと飲み口は嫌いではない。
「北上君。沢山な……食べたほうがいい。私も……若い頃は、随分……。ああ! そうだ、琴や舞踊はお好きかな? 妻が……。……ん? ああ、君は……そうか君は、タツキというのか……」
無言で頷くと、北上は注がれた酒を飲み干した。